2012.
02.26
Sun
会場:パナソニック汐留ミュージアム
   東京都港区東新橋1-5-1パナソニック東京汐留ビル4階
会期:2012年1月14日(土)~3月25日(日)
開館:10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館:月曜日   料金:大人500円

今和次郎展
 JR新橋駅・銀座口から昭和通りへ向かって10分程で、右手に石造風の建物が見えてきます。
これは旧新橋停車場を復元したもので全てが新しく、レストランや資料館があり、ガラスに覆われた箇所では発掘で見つかった旧ホームの縁石を見ることが出来ます。
 その旧停車場の隣りの大きなビルが、パナソニック東京汐留ビルで、建材などのショールームとして体験可能。4階にあるパナソニック汐留ミュージアムは、建築・インテリア関係の展示会で知られています。 今回は、人間観察で知られる「今 和次郎」という事で、楽しみにしておりました。
考現学採集
 今和次郎は津軽藩医の家系に生まれ、18歳まで弘前の東奥義塾(※詳しくはコチラ⇒東奥義塾外人教師館)で学びます。
その後、早稲田大学教授の佐藤功一の助手となり、大正6年には柳田國男・細川護立らの「白茅会 はくぼうかい」の活動に参加。 全国にある古民家の緻密なスケッチ調査を開始し、大正7年に日本初の「民家図集」を発行します。 さらに、早大教授となった後、大正11年には有名な「日本の民家」も出版しています。
 大正12年の関東大震災により焼け野原になった東京も、写真とスケッチで記録。 被災者が土管や卒塔婆を材料に小屋を建てた絵には、人間のサバイバル本能を感じます。
 同年9月には、絵描きや彫刻家と共にバラック装飾社(淀橋町柏木937番地)を立ち上げ、建物に奇抜なデコレーションを施していきます。 その中でも有名なのは「カフェ・キリン」で、建築史の写真で見た事がある方も多いでしょう。 明治屋の子会社でありキリンビールが飲めるカフェバーとして、曾禰中條建築事務所の設計・竹中工務店の施工により、今の銀座伊東屋の場所にありました。
 その後、吉田謙吉らの協力のもと東京のあらゆる物の統計調査を開始し、婦人公論で発表します。 銀座や深川の人間観察の他、「2時間歩いて見つかった犬の模様の調査」では→1位:赤ブチ27匹、最下位:白ブチ2匹など、全てにおいて奇天烈で気の遠くなる調査を続け、考現学・生活学を提唱します。
 昭和2年には新宿紀伊国屋で「しらべもの考現学」を開催。 茶碗の割れ方・オシメの模様・中学生の制服の破れ方・子供の鼻の垂らし方など、統計調査をスケッチで表しました。

 その後は建築家として数多くの設計もしており、昭和9年には東北大飢饉により天皇の命を受け、東北に4千棟余りの恩賜郷倉(共同貯蔵庫)を設計。 港区にある旧 渡辺甚吉邸の内装デザインでは、椅子やカトラリー(スプーンフォーク等)のデザインまで手掛けています。
 さらに、服飾・生活改善までの幅広い教育活動で人間研究の第一人者として認められていましたが、現地調査に限らずマッカーサーにもジャンパー姿で逢い、園遊会では庭師に間違えられ、摘まみ出されたといいいます。
 
 今回はスケッチ調査の現物や、渡辺甚吉邸の椅子やカトラリーなど、約270点が展示されております。 最低でも2時間前後かかりますので、時間に余裕をもたせましょう。 鑑賞後は、現在の新橋-銀座-京橋の人間観察をしてみるのも面白いかもしれません。
どうしても会場に行けない場合は、解説付きの本で楽しめますので、ぜひともご覧下さい。  「考現学採集モデルノロヂオ」・「考現学入門」・「ジャンパーを着て四十年(文化服装学院出版局)」・・・など
※汐留ミュージアムの詳しい情報は→【汐留M


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2012.
02.12
Sun
建築年:大正9年(1920年)
所在地:小田原市板橋913 
構 造:木造,地上2階+地下1階
山月
 箱根板橋駅~581m(小田原駅~車で5分)小高い林の中にこの建物はあります。 門を入ってしばらく歩くと、手入れのされていないアプローチまわりに、大きな石灯籠や滝があったと思われる石組みなど、かつての庭園の名残が垣間見えます。 当時の日常用玄関は裏手にある小さな玄関で、海側の良い方向にあります。
現在は、「山月」という割烹旅館で、昼にはソバ定食や甘味を大広間でいただく事もできます。
(11:30~16:00) これは予約が必要ですが、食事後は見学も可能。
【山月】 株式会社 三平 
 現在は閉鎖中
山月・サロン2
海側の玄関正面にある部屋。欄間には松の彫刻。
山月・サロン1
造りは和風なのだが、飾り棚の高さから椅子を置いた部屋だという事がわかる。
山月・サロン天井
この部屋は格天井でありながら、網代を貼って遊び心を見せている
山月・地下
左:階段横のガラス戸の奥は電話室    右:物入れの床下は地下への入口
山月・1階1
玄関横にある和室:大きな床の間に布団を敷き、介護をしやすくしたという。
山月・2階部屋
2階の仏間:三井高棟邸の仏間も私的空間の2階にあった。地袋の杉戸に蓮の高蒔絵を施す。
中央の紐は電気のプルスイッチ。旅館時代の物だが寝ながら引っ張ろうというため異常に長い。
山月・2階杉戸1
仏間入口の杉戸には貝の象嵌が貼られ、とても華やか。 小川破笠の作
山月・2階座敷2
2階の隣りの部屋には炉が切られ、茶を楽しめるようになっている。
山月・扉
左:2階トイレ戸    中:玄関ホールの内扉     右:1階サロンの襖戸
山月・庭石
由来のありそうな庭の踏石
山月・天井1
海側の玄関脇にある大広間の天井には、雀と蝶の透かし彫り。

 大倉喜八郎は、越後の新発田出身で丁稚奉公として江戸に上京。 慶応3年に鉄砲店を開業してから、戦争により財を成します。 明治6年には大倉組商会という貿易会社を、明治26年には大倉土木組(のちの大成建設)を創業。 財閥として男爵の称号を得ます。 鹿鳴館の施工の他、帝国ホテルの経営、ホテルオークラの創業と、ホテル王としても有名です。
 晩年は、大倉商業学校(現・東京経済大学)や、収集品を展示した大倉集古館(ホテルオークラ前,設計:伊東忠太)を創設。
冬は暖かく夏は涼しいこの地で老後を過すために、別邸「共寿亭」を建てました。
 目の前には、旧・山県有朋別邸「古稀庵跡」もあり、あいおいニッセイ同和損保小田原研修所ですが、日曜日10~16:00¥100で一般の方も庭を見学可能です。

 ※誠に残念ながら、現在この共寿亭は閉鎖されております。

【2011年11月 訪問】


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2012.
02.05
Sun
 2月5日、友人の招待で「テーブルウェア・フェスティバル」へ行って参りました。(東京ドームで開催:2012年2月4日~2月12日)
日曜朝10時に待ち合わせすると、既に入口は女性達の長い行列。 ドーム内に入っても展示会場のグラウンドに行くには長い階段を降りなければならず、膝腰が悪い人には厳しいかも。
あまりにも数が多い為、ざっと見て廻りましたが、その中から気になった物だけを紹介します。
黒柳
黒柳徹子さんのテーブルコーディネート。 壁にガラス球が飾られている。
ガラス球
これは、正確には「ペーパーウェイト(重し、文鎮)」で、部屋の飾りとして楽しまれている。
世界中にコレクターがおり、10万円以上する物も多い。
球の中の花は本物か・ガラス製か遠くて判断できなかった。 花もガラスで出来ていればスゴイ!
ボール
使い方は??ニュンヘンベルグのアニマルボウル。 インテリアデザイナーのヘラ・ジョンゲリアスとのコラボレーションで、パリ装飾美術館に展示されているという。 手前のカタツムリが妙にリアル。 
照明
テーブルコーディネートコンテストのブースに飾られていた照明
 

 ランチはどこも女性陣でいっぱいだろうという事で、飯田橋方面まで歩くことにしました。
ウインズ後楽園の右隣の階段を下り、関係者用の駐車場を抜け、小石川後楽園(水戸藩の上屋敷跡。梅が有名)の横を通り過ぎると、外堀通りに辿り着きます。 そこを右に曲がって1kmほど歩き、歩道橋を渡って、さらに300m歩くと飯田橋駅西口/神楽坂下に着きます。
今流行の神楽坂でランチも良いのですが、私達はさらに東京日仏学院(現:アンスティチュ・フランセ東京)まで足を伸ばしました。(ここまで歩くとかなり大変なのでタクシーがおすすめです)
 ここには「ラ・ブラスリー」というフレンチレストランがあります。 そこで前菜orデザート+主菜+コーヒーのランチを戴きました。
水道橋・飯田橋周辺にはラーメン屋も多いので、手軽に食事を済ますことも可能。 どの場所にしても、閉店時間が早い店もあるので、事前によく調べる方が無難です。
ちなみに、私の好みは東京ドームシティにある、どうとんぼり神座の『おいしいラーメン』です。
魚
本日の魚料理は「スズキのムニエル」
肉
本日の肉料理は「豚肉のロースト」 マッシュポテトが美味い!

東京日仏学院「ラ・ブラスリー」  新宿区 市谷 船河原町15
TEL:03-5206-2741  定休日:月曜・祝日
ランチは11:45~14:30(L.O)、ディナーは18:00~21:00(L.O)

【2012年2月 訪問】

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