2013.
07.21
Sun
亀屋山崎茶店の裏にある大蔵は『茶陶苑』として陶磁器のギャラリー、カフェ、イベントに活用。
3~7月/9~11月の木・金・土・日(10:00~16:30)埼玉県川越市 仲町2-6 TEL:049-222-0046
※山崎家の建物について詳しくはコチラ⇒【山崎家
山崎茶店・大蔵
 訪れた5月18日は、偶然にも川越文化祭(川越青年会議所主催)が開催されており、各所で様々な催しが行われておりました。
 スタンプラリーをしている子供達の後を追って、亀屋山崎茶店の裏にある大蔵『茶陶苑』に入っていくと、ちょうど尺八と琴の演奏会が無料で催されていました。
 しかし最後の曲だったようで、その終了後に進行役から、子供達の合唱の後に、切り絵の実演を行うとの知らせがありました。
 次の合唱に向けて母と子で大賑わいの館内を抜け出し、慌てて昼食を済ませた後、再び茶陶苑へ戻ると、客席には10名程の人数しかおらず、先程の賑やかさとは対照的に静かな空間となっていました。
山崎茶店・大蔵1階
 いよいよ、浴衣・羽織袴と帽子に下駄を履いた、ちょっと近寄り難い風体の、切り絵家・百鬼丸が登場。
ところが、挨拶を始めた途端にその印象は変わり、とてもユーモアがある方と判明しました。
その切り絵は、黒い紙を裏返しにして切る事から、「裏切り者です」と、百鬼丸氏は自己紹介されましたが、実は有名な方で数多くの作品を手掛けています。
事前の告知でプロフィールが紹介されていれば、もっと観客が多くなった事でしょう。
百鬼丸・茶陶苑2
 実演方法は、切り絵の作業を時折り止めては一言 話をするという方法で、1つの作品に対し15分程で完成してしまいます。
 その話とは、路上で実演した時に、切り絵で食べていけるのかと心配する人がいたとか、最初たくさんいた見物人が最後には1人になってしまい、その人は可哀想と思って抜けられずに居たようだとか、人間観察的な内容。
そして仕上がった作品2点は、春日野局と天海という、川越にゆかりのある人物となりました。
 最後に即興で、猫の切り絵8点ほどプレゼントがあり、観客全員でじゃんけん大会に。
さらに特別プレゼント『花魁』の切り絵1点が加わった途端にその場の空気が変わり、「途中から来た人には参加権がない。」と、観客の中から手厳しい意見が出る事態に。
 張り詰めた空気の中、普段はジャンケンやギャンブル運のない私が何故か勝ち残り、その『花魁』を頂く事になりました。
しかし、嬉しさよりも後ろめたさを感じて、逃げるようにその場を後にしました。
花魁・百鬼丸
こちらが頂いた作品。
百鬼丸・茶陶苑1
〔百鬼丸 プロフィール〕
1951年  山梨県 富士吉田市 生まれ
1973年  東洋工業大学 工学部 建築学科 卒業
1980年代 JTB雑誌「旅」 切り絵デビュー
       サンデー毎日の表紙画を1年間製作
       手塚治虫「村正」アニメキャラクターのデザイン
       1988年度 新聞広告優秀賞(アメリカン・エクスプレス広告)受賞
1997年  第6回文藝家クラブ大賞美術部門 受賞
2007年  風林火山博の公式クリエイター
2006~2008年 富士吉田市火祭りポスター 製作

 作品としては、安部龍太郎・北方謙三・志茂田景樹・鈴木英治・長谷川卓・森村誠一・山田風太郎らの表紙画や挿絵を数多く手掛けており、映画やドラマになった「おけい」早乙女貢(文藝春秋)、「陰陽師」夢枕獏(文藝春秋)の他、「人間三国志1~6」林田慎之助(集英社)、ポピュラー時代小説1~12(リブリオ出版)など多数あります。
※作品目録はコチラに詳しく掲載されております⇒【富士吉田市立図書館

 今後は、海外での個展とライブ活動を目指しているとの事。
また、川越の岡田畳店では常設展の他、切り絵教室も開催されているようです。
※詳しくはコチラ⇒【百鬼丸HP

【2013年5月 訪問】


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2013.
07.07
Sun
亀屋
山崎家の本家 〔亀屋本店〕 埼玉県川越市仲町4-3, TEL:049-222-2052, 9時~18時
 山崎家は信州中野出身の嘉七を初代とし、川越の和菓子屋から暖簾分けして、天明3年(1783)菓子屋『亀屋』を創業。
本家の当主は代々『嘉七』を名乗りました。 そして川越藩御用商人となり、豪商となっていきます。
 本店は、明治26年の大火(1893/3/17)で焼失してしまいましたが、その4ヶ月後に現在の土蔵造りに建て替えられました。
 本家四代目の山崎豊(1831-1912)は、川越藩お抱え絵師の息子であった橋本雅邦の画宝会幹事として、数多くの作品を所有しました。(現在その作品は、明治の大火でも焼失しなかったという旧工場を改装した『山崎美術館』にて鑑賞できます。川越市仲町4-13)
 また四代目は、第八十五銀行や川越貯蓄銀行の頭取を務め、明治33年に川越商業会議所(現・川越商工会議所)を開設。
同じく、第八十五銀行の頭取や議員を務めた、穀物商・横田五郎兵衛(1834-1892)らと共に、明治7年頃に志義学校を創設。
その学校は統合と移転により、現在は川越市立中央小学校になっています。
※詳しくはコチラ⇒【亀屋
旧山崎家別邸
旧山崎家別邸 川越市松江町2丁目7−8
 5代目嘉七(半三郎1869-1927)は14歳で家督を譲り受け、和菓子屋として商品開発に勤しみ、ヒット商品を生み出しました。
この建物は、5代目の隠居所として大正15年頃(1924/10/19上棟)に完成した、和洋併置型の木造住宅です。
建物と庭園は、三菱から独立して川越の「第八十五銀行」や「山吉デパート」等を手掛けた、保岡勝也が設計しています。
完成後まもなく、5代目は昭和2年に58歳で亡くなりましたが、この屋敷は迎賓館として使用され、昭和初期に皇族や李王垠殿下が訪れました。
 その後、平成18年に建物が川越市に寄贈され、庭園は国の登録記念物(名勝地)となっています。
土休日10時~16時に外観のみ公開、無料。  母屋1階のみ有料公開となりました
※詳しくはコチラ⇒【旧山崎家別邸
旧山崎家別邸・茶室
旧山崎家別邸・茶室
山崎茶店
こちらは、明治10年に分家した亀屋山崎茶店。川越商工会議所の斜め前にあります。
山崎茶店・大蔵
 店の裏手にある大蔵は、嘉永3年(1850)に建設されたもので、明治26年の大火(1893/3/17)を免れた土蔵造りの蔵です。
創建時は、穀物や味噌の貯蔵用でしたが、明治10年頃に山崎家が店と共に買取り、茶葉の倉庫として平成13年(2001)まで使用。
市の助成金をもとに平成14年から3年の歳月を掛けて修復し、平成16年12月に完成しました。
 現在は『茶陶苑』として、陶磁器のギャラリースペース、カフェ、イベントに活用されています。
◆3~7月/9~11月の木・金・土・日(10:00~16:30)公開。300円
 埼玉県川越市 仲町2-6 TEL:049-222-0046 ※詳しくはコチラ⇒【茶陶苑
山崎茶店・大蔵2階
亀屋山崎茶店・大蔵2階のスペース
山崎茶店・大蔵2階窓②
窓がなぜか中2階にある
山崎茶店・大蔵2階窓
 その昔、この辺りに鍛冶屋の住む地域があり、刀匠・鴫善吉(しぎぜんきち)が開いた町として『鴫町』と呼ばれていました。 そしていつしか、『志義町=しぎまち』へと変わり、穀物問屋が建ち並ぶ活気ある街へと変化し、その後の町名統合により、現在は『仲町』となっています。

※次回は、この茶陶苑で開催されたイベントについて記します。 記事⇒【百鬼丸ライブ

【2013年5月 訪問】


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