2014.
10.13
Mon
建築年 : 大正10年(1921)落成、 増改築あり
住 所 : 大阪市 中央区 伏見町2-2-6
構 造 : RC造, 3階+地下1階(4~5階は増築)
設計施工: 設計は伊東恒治、 施工は大林組

            ※青山ビルについてはコチラ⇒【青山ビル
青山ビル
 こちらは、野田屋を経営していた野田家の住まいでした。 大正10年4月調査の「大阪商工名録」〔※1〕によると、野田屋は東区京橋2丁目で食料品店と食堂を営み、和洋菓子や粟おこし・清涼飲料を製造販売していたようです。 
 青山喜一の所有となった後、一時 進駐軍将校向けの娯楽施設となりましたが、戦後は「青山ビル」と改称され、貸しビルになりました。
また、裏庭の日本庭園と屋上庭園を無くして、4~5階が増築されています。
 設計者の伊東恒治は窓の研究などを行っており、〔※2〕によると昭和初期には京都帝国大学営繕課の嘱託となっており、京都府乙訓郡大山崎村山崎驛上に住まいがあったようです。
青山ビル・1F
1階玄関ホール
青山ビル・装飾
上:漆喰の廻り縁も洒落ている
下:玄関ホールの片隅にある石造りのベンチ・・・  看板が残念。
青山ビル・窓1
イタリア製のステンドグラス
青山ビル・館内

青山ビル・窓3

青山ビル・窓2
かつての階段ホール屋上部。 現在は4~5階が増築され、窓の外は部屋になっている。
青山ビル・裏階段
左:現在は使われていない地下の階段。 床が抜ける恐れ有り、立入禁止。
右:裏階段
青山ビル・設備
左:当初から水洗トイレであったというが、当時の便器は残っていない
右:当初の物と思われる飲食物運搬リフト

 大阪ではこの様なレトロビルが数多く残り、大事に使われています。 東京でも銀座にある奥野ビル(銀座アパ-トメント 1932)が、若者達から好評を得ているようです。   ※詳しくはコチラ⇒【奥野ビル

【参考文献】
※1 「大阪商工名録」 (1922) 大阪商工会議所
※2 「昭和3年 建築年鑑」 (1928) 建築世界社

【2013年10月 訪問】


スポンサーサイト
comment 0 trackback 0
back-to-top