2016.
01.24
Sun
建設年 : 昭和5年(1930)11月竣工、翌年4月給水開始
設 計 : 足利市上下水道部
見 学 : 個人の場合は、足利市文化財一斉公開(秋)で見学可
住 所 : 栃木県足利市緑町1丁目3780
交 通 : JR両毛線 足利駅~徒歩35分位
TEL : 0284-20-2206   
※詳しくはコチラ⇒【足利市上下水道部
緑町配水場
 足利市で最も古い配水場で、昭和5年に今福浄水場と共に建設されました。 低地にある浄水場からポンプで送水し、山の上にある配水場に貯めて、高低差を利用して各地に配水する上水道施設です。 中高層マンションの水道も、一旦ポンプで屋上まで上げ、貯めてから各家庭へ配水するので、これも巨大な給水タンクといえるでしょう。(総容量5,100㎥)
水道施設全体の土木設計は、東京の八王子市水道部から招聘した、中島貞一郎工務課長と中谷繁治(後に足利市職員になる)。
 そして昭和4年(1929.5.15)着工し、翌年12月竣工(緑町配水場は11月竣工)昭和6年4月に給水開始。 創設時の計画では、給水人口:55,000人、1日最大給水量:11,550㎥、1人1日最大給水量:210ℓ。
 しかし町の合併で人口が増え、第1次拡張工事(昭和28年~33年3月)で、緑町配水場の配水池(管理事務所付近)を増設し、昭和31年に完了しています。 現在は、地震などを感知し水の流出を防ぐ緊急遮断機も設置されています。
緑町配水場・旧管理事務所1
水道山記念館(旧管理事務所): フランス瓦葺き屋根、木造平屋建て
緑町配水場・玄関
玄関内部
緑町配水場・会議室
大広間
緑町配水場・貴賓室
昭和9年11月の天皇行幸のために貴賓室が増築された。
緑町配水場・旧管理事務所廊下
廊下: 窓には結霜ガラスがはめ込まれている
緑町配水場・旧管理事務所照明
古そうな照明。 黒いブツブツはテントウムシの仲間で越冬するために部屋の中に入ってくる。
踏んだり触ったりしなければ特に被害はなく、アブラムシを食べる益虫なので殺さないでほしい。
緑町配水場・庭
左上: 門柱                右上: 建物は西洋風だが庭は和風
下: 玄関脇の日本庭園
緑町配水場・解説板
解説板
緑町配水場2
 1段上がった所が配水地で、内部は3池に区切られている。
奥に見える建物は保守点検入口棟。 さらにその奥に同じ形の水位計室がある。
緑町配水場・点検入口棟
保守点検入口棟と水位計室の前に、階段とバルブがある。
緑町配水場・接合井
接合井: RC造
緑町配水場・水量計室
水道計量室: RC造
緑町配水場・銘板
上: 竣工時の定礎板
下: 当時の市長・木村浅七の書による「清澄無比」-この水が澄みきって清らかであり、比較するものがないほど優れているという意味を表す。 第1次拡張事業の竣工記念に伴い、水位計室の前に昭和31年に設置された。
緑町配水場・地層
配水場の脇にある層状チャートの崖。 ふもとの蓮台寺川付近でも見られる。
足利の工場
山の上にある緑町配水場へ向かう途中、屋根の形が珍しい古い工場があった。

【参考文献】
「あしかがの水道 : 足利市水道80年のあゆみ」2011 足利市上下水道部
足利市上下水道部 HP

【2014年11月 訪問】


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2016.
01.10
Sun
建設年 : 昭和5年(1930)12月竣工、 翌年4月給水開始
設 計 : 足利市上下水道部
見 学 : 個人の場合は、足利市文化財一斉公開(秋)で見学可
住 所 : 栃木県足利市今福町545
交 通 : 東武伊勢崎線 足利市駅~徒歩30分位
TEL : 0284-20-2210
     ※詳しくはコチラ⇒【足利市上下水道部
今福浄水場
 足利市の最も古い浄水場で、現在も全長876mの集水埋渠(浅井戸)から取水した地下水を消毒後、緑町配水池に送水(施設能力19000㎥/日)しています。
 何度も洪水を起こしている渡良瀬川の近くにあるため、建設の際 この浄水場は水害対策が施されました。 周囲を土提(東区画1.8~2m、西区画1m)で囲い、門に止水板用の溝(正門と裏門は2本溝、その他は1本溝)を設け、さらに構内も土提で東区画と西区画に分け、集水埋管会所の換気筒と浄水設備に土盛りを加えて地盤を高くし、洪水による損傷と水源汚染を防ぎました。 さらに集水井・ポンプ井はRC造のパラペットで囲み、上端を土提と同じ高さ(川の水位~9.35m)に建設しています。
 昭和13年(1938.9.1)の洪水時には、西区画の低い箇所が浸水したに止まりますが、昭和22年(1947.9.15)カスリーン台風時には洪水位が8.35mになり、止水板の設置が間に合わず、正門や裏門から流入。 さらに排水口からの逆流、砂地盤からも水が噴出し、全区画が浸水。 旧事務所も1m水没し、東区画も50㎝程浸水しましたが、ポンプ場は2段の止水板をはめて浸水位20㎝に抑える事ができ、ポンプに影響がありませんでした。 なお、集水井・ポンプ井はパラペットのおかげで、僅か10㎝差で浸水を免れています。
 現在は渡良瀬川の堤防が高くなり、正門近くの土提は削られているようです。
今福浄水場・ポンプ室
ポンプ場: RC造、地上1階+地下1階
今福浄水場・ポンプ室0
外壁は洗い出し仕上げ
今福浄水場・ポンプ室マーク
足利市上下水道部のマーク
今福浄水場・ポンプ室4
ポンプ場内部。 ポンプは更新済みで古い物はない。
今福浄水場・ポンプ室2
ポンプ場1階の床タイル
今福浄水場・ポンプ室3
地下への階段
ポンプ井
上: ポンプ井            下: ポンプ井パラペットの内側
集水井
集水井パラペットの内側
今福浄水場・止水板溝
左: 正門の門柱は御影石で、溝2本に止水板をはめ込むが、脇の土提はフェンスへと変わった
右: ポンプ場の入口にも止水板用の溝がある
今福浄水場・
正門から見た様子

足利・地層
 早雲美術館から、この今福浄水場へ来る途中、地元の方から聞いた近道を歩いていると、見事な地層が出現。
緑町配水場の崖にもあり、はるか昔の大地の動きがわかる。
足利・堰
 その脇の蓮台寺川には空気で膨らませて水量を調整する近代的な堰が。
蓮台寺堰: ゴム引布製起伏堰(空気式)1999年5月完成
足利・橋
 さらに川沿いを歩いていくとJR両毛線の鉄道橋があり、古そうな煉瓦造の橋脚。 両毛鉄道時代のものか?



今福浄水場・01
 足利市では、大正11年(1922)ザーラー技師を招聘して上水道の調査開始。 水源地を三重村大字今福山保毛織会社西方の雑木林(現在地)に決定し、大正14年に調査完了。 東京の八王子市水道部から中島貞一郎工務課長と中谷繁治を招聘し(後に足利市職員になる)、水道施設全体の土木設計をしています。 ※今福浄水場ポンプ室建物の設計者は不明
 そして昭和4年(1929.5.15)着工し、緑町配水場と共に翌年12月竣工。 創設時の計画では、給水人口:55,000人、1日最大給水量:11,550㎥、1人1日最大給水量:210Lとし、昭和6年4月に給水開始。
 しかし町の合併で人口が増え、昭和28年に第1次拡張工事が開始され、緑町配水場の配水池増設を行い昭和33年に完了。
その後も町の合併や水圧不足のたびに拡張工事が実施され、第6次拡張工事(1984~2005)では、最後の未給水地区・上松田の事業が完了し、平成9年から給水を開始しています。
現在は、浄水場11ヶ所・配水場9ヵ所となり、全ての浄水場に非常用自家発電機が設置されています。

【参考文献】
※1 「水戸市及び足利市の浄水場における洪水との戦い」小出 崇 1985 第5回日本土木史研究発表 論文集 
※2 「あしかがの水道 : 足利市水道80年のあゆみ」 2011 足利市上下水道部

【2014年11月 訪問】


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