2015.
05.03
Sun
見 学 : しょうざん庭園(北庭)は通年公開 (※庭園内の建物は非公開)
      9:00~17:00  年中無休 500円
所在地 : 京都市 北区 衣笠鏡石町47
交 通 : 市バス「北木ノ畑町」バス停~徒歩3分~裏門から入場
T E L : 075-491-5101 
 ※詳しくはコチラ⇒【しょうざんリゾート京都
千寿閣・庭
 この地は『しょうざん』の創業者・松山政雄が、着物の展示場を兼ねた観光施設として計画。
その完成を見ずに、松山政雄は亡くなっています。
 現在は高級プールやボーリング場、結婚式場が併設され、『しょうざんリゾート京都』と呼ばれています。 この『しょうざん』の名は松山を音読みしたもので、『羊』のマークは、開発したウール着物から由来します。
 バス+徒歩で来た場合は、裏門から駐車場を抜け、ボーリング場の横の総合案内場でリーフレットをもらった方が良いでしょう。 さらに宴会場の廊下を通り抜け、ホテルの庭園の様に整備された山道を歩いていくと、北庭に辿り着きます。
千寿閣1
北庭へ向かう途中にある千寿閣。 予約制で本格的な京料理をいただけるようだ。
千寿閣・彫刻
千寿閣の玄関にある、合戦の様子を刻んだ欄間。 
御土居
 京都に僅かに残る御土居の址で、石垣は後に設置。 御土居(おどい)とは土塁の一種であり、敵の攻撃から洛中を守る為に、豊臣秀吉が天正19年(1591)築造したもの。
この御土居がある鷹ヶ峯一帯は辺土であり、江戸初期1615年、本阿弥光悦が徳川家康から約9万坪を拝領し、光悦一族と共に職人達が移り住み、「光悦村」と呼ばれていた。 1681年に本阿弥家はこの地を返還。 本阿弥家の位牌堂跡に光悦寺が建立され、そこには光悦の墓が残る。
しょうざん・渓涼床
渓涼床(5月上旬~9月下旬)
紙屋川別館湧泉閣
紙屋川別館湧泉閣: 京料理のランチもあるようだが、訪問時は貸切りで入れなかった。
紙屋川別館湧泉閣2
紙屋川別館湧泉閣: 一部を移築したものらしいが、窓の形から峰玉亭(非公開)と同じ棟梁が手掛けたと思われる。 峰玉亭の平面計画は松山政雄によるものだが、移築前のこの建物も?
 ※峰玉亭についてはコチラ⇒【しょうざん庭園①
玉庵
玉庵 (茶室)    ※非公開
酒樽茶室1
酒樽茶室①: 醤油樽だったという説も有り。 現在は使用していないとの事。   ※非公開
酒樽茶室2
酒樽茶室②   ※非公開
聴松庵1
聴松庵: 裏千家 玄々斎(11世家元1877没)の設計による茶室で、大徳寺にあったものを明治以降に何度か移築、と解説板にある。  ※非公開
聴松庵・古写真
 聴松庵の以前の所有者について調べたところ、「聴松庵主人伝」(※1)という本があった。
その中の写真(上記)を見ると、京都の製陶業・松風嘉定(3代目)の邸宅にあった茶室と、この聴松庵の屋根の形が似ている。(扁額は違う物)
 松風嘉定(3代目)は洛陶会の会長として、東山の大茶会(1921/11/19-11/22)を開催した人物であるが、聴松庵の由来はこの本に書かれていなかった。 しょうざんにも確認したが、知っている者がいなくなってしまったとの事で確証は得られなかった。
聴松庵・楓?
松風嘉定邸・聴松庵の前にあった楓の切り株の可能性あり。 その楓は、日の丘峠(山科)にある小川の畔から、夜中に民家の軒や辻便所を取り払いながら、松風邸に運搬したもので、それは綺麗に紅葉したという。
聴松庵・腰掛待合
聴松庵の腰掛待合と砂雪隠(形式だけが残り使用出来ない便所。)
しょうざん・主屋
名もなき素晴らしい建物は、かつての松山家の住まい。  ※非公開
しょうざん・主屋裏
建物の裏手を見ると、崖沿いに建てられており、眺めの良い地下室がある。
しょうざん・園内
橋を渡ってしばらく林の中を歩くと小さな滝があり、石仏が祀られている
わかどり・旧松峰家
南門の近くにある、鳥料理『わかどり』の店は、明治の材木商・松峰家の邸宅を移築したもの。
わかどりランチ
わかどりのミニ御膳: これに唐揚げとデザートが付く。 その他の丼物は手頃なランチ価格。

【参考文献】
※1 「聴松庵主人伝」1930 藤岡幸二 著 (神奈川県立川崎図書館所蔵)

【2014年9月 訪問】

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