2016.
05.22
Sun
建築年: 昭和7年(1932)3月完成、 1948年頃・2009年に改修
設 計: 東京市建築課、 施 工: 鹽城淺次郎
構 造: RC造2階建
住 所: 東京都江東区門前仲町1-19-15
交 通: 東京メトロ・都営地下鉄「門前仲町駅」~徒歩約3分
開 館: 10時~18時(金・土曜日19時まで) ※月曜(休日の場合は翌日)・年末年始など休館
      ※詳しくはコチラ⇒【深川東京モダン館
深川東京モダン館
 関東大震災後に、東京市が数か所に設置した食堂の一つで、時代により名称・用途を変更しています。
設計時の名称は『黒江町食堂』で、昭和7年3月に『深川食堂』として完成。 一時閉鎖後、昭和13年から『東京市深川栄養食配給所』として再開し、近隣の工場労働者向けに営業。 昭和18年から『東京市深川食堂』、翌年には『都民食堂』となっています。
昭和20年の空襲で被災したため改修し、昭和23年から『亀戸公共職業安定所深川分室』となり、それ以降は名称を変えながらも職安の施設として利用。 昭和54年に江東区へ移管され、内職補導所や福祉作業所に活用して平成18年に閉鎖。 平成21年4月に耐震補強等の改修工事が完了し、10月から『深川東京モダン館』として活用されています。
深川食堂・外壁
外壁は南満鑛業㈱製のリソイド仕上げであった
深川東京モダン館・階段
階段のタイル一部は古い物が現存
深川食堂・メニュー
東京市の食堂時代(景気が良い時)には2種類の定食に嗜好食と、現代の社員食堂に引けを取らないメニューが提供されていた。
深川東京モダン館・2階
2階は貸室として各種イベントに利用されている。 1階にはカフェがあり、ボランティアガイドさんも常駐。
深川の工場
 企画展「江東発祥 近代江東の産業史」(2014年11月)に展示されていた写真
江東区には工場や倉庫がたくさんあり、栄養食配給所も各所に設置された。 現在、店舗やギャラリーに再利用されている倉庫などがある。
上:大正時代の大日本製糖㈱(小名木川付近) ※写真は江東区中川船番所資料館蔵
中:昭和30年に撮影された三菱倉庫㈱深川佐賀町倉庫 ※写真は江東区教育委員会蔵
下:明治頃の東京瓦斯砂村製造所コークス製造炉(砂村)※写真は江東区中川船番所資料館蔵
 熱してガスを取り出した石炭はコークスになり、水を掛けて冷やしている様子
豊洲のガス工場跡地の土壌汚染が話題になったが、これも一因か?
深川東京モダン館2


 大正末期~昭和初期、これらの公営食堂の他に、工場の組合等が設置した栄養食配給所(給食センターの様なもの)もありました。 街中の食堂より新鮮で上等な食事が1日3食提供され、栄養士の考えたメニューで健康にも良く、脚気などの病気も減りました。 労働者の確保もでき、小規模工場では賄い食を作らなくてよいので主婦も大助かり。 金網入りの窓や二重出入口、消毒槽などを設けた優良な調理場もあったようです。
 江東区には江東消費組合が設置した栄養食配給所が数カ所ありました。 これは関東大震災の時に賀川豊彦が神戸から上京し、駒形にテントを張って救援活動したのが始まりで、賀川が組合長になって設立されました。
まずは昭和11年に横川橋のたもとに第一栄養食配給所が、その後は厩橋に1ヶ所、石川島町に3ヶ所作り、一番大きな配給所では1斗5升炊き炊飯釜10ヶ・副食用の釜4ヶ、揚げ物機・魚焼き機・洗浄機・消毒槽など設置。 10人分を1単位とし、50円の出資金を払えば2マイル以内に住む者に届けられ、朝は味噌汁、昼や夜には煮魚や煮込み、カレーなどが提供されました。 その食費は昭和12年で28銭となっています。
 さらに、昭和13年に新設された厚生省が栄養食配給所を奨励し、食事の改善策として集団生活地(工場や学校)・商店のある市街地・農繁期の農村に、栄養食配給所を市町村・団体・個人が設置するよう勧めました。 1日3食の価格は、市街地は30銭前後、農村は20銭位。 大規模な所は栄養士を置き、小規模は短期栄養講習を受けた炊事夫を置くよう奨励します。 昭和13年9月に厚生省衛生局が調査した資料によると、栄養食配給所・共同炊事場は全国で恒久施設138ヶ所、臨時施設40ヶ所となっています。 それでも東京30ヶ所・埼玉23ヶ所と集中し、未設置の県も数多くあったようで、その後は一気に増えますが、食料も乏しくなると質は下がりました。
 東京では、終戦間際の昭和20年(1945/2/5~)、都心部には75ヶ所の都民食堂が設置され、空襲の合間にうどん(1食18銭)を警防班・救護班優先で提供していましたが、それも同年6月に休止しています。
 この様な栄養食配給所や公営食堂は全国にあったのですが、栄養食配給所の建物が現存確認できているのは、深川食堂と川越栄養食配給所だけのようです。 
栄養食配給所1
川越の栄養食配給所跡

【参考文献】
・「公衆衛生57(2)」1939 日本衛生会
・「食生活54(10)(617)」1960 国民栄養協会
・労働の科学 14(12)「栄養食共同炊事の思い出」山岸晟 著 1959 大原記念労働科学研究所
・糧友 12(7)(138)「江東消費組合第二配給所」1937 食糧協会
・「麺業史」 1959 東京都麺類協同組合
・建築の東京(原本: 都市美協會昭和10年刊 大東京建築祭記念出版) 2007

【2014・2016年 訪問】

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