2016.
06.12
Sun
建築年: 明治37年(1904)竣工
設 計: 大蔵省・妻木頼黄
構 造: 煉瓦造3階建て一部平屋+地下1階
住 所: 東京都北区滝野川2-6-30
交 通: JR・東京メトロ「王子駅」~徒歩約10分、or 都バス・都電「飛鳥山」~徒歩約7分
赤レンガ酒造工場
 この建物は醸造試験所の酒類醸造工場(第一工場)として、醸造・貯蔵・熟成に関する試験を行うため、明治37年に建てられたもので戦時中に一部被災しています。 2015年4月、桜の時期の一般公開で、予約無しで見学できるとの事で行って参りました。
今回は1階を公開していますが、通常の団体見学は地下や2階も見学できたようです。(以前は団体であれば平日に見学出来ましたが、酒類総合研究所東京事務所が2015年7月に広島へ移転してしまったため、2016春の一般公開はしなかったようです。)
※現在は、日本醸造協会(03-3910-3853)が管理しており、2016年秋以降に団体受付を開始するとの事。
赤レンガ酒造工場・門
王子駅から川沿いを歩き、坂道を上がっていくと公園の入口に辿り着く。 この門はかつての醸造試験場の表門で、同じ頃に建設されたもの。
赤レンガ酒造工場1
区立公園の奥に赤煉瓦の建物が
赤レンガ酒造工場5
旧 変電室・ボイラー室前(北面)
赤レンガ酒造工場・ボイラー室
旧ボイラー室では講演会も行われた
赤レンガ酒造工場・廊下1
廊下の天井はアーチ状
赤レンガ酒造工場・麹室1
左:低温貯蔵室/廊下境の出入口           右:冷蔵庫
赤レンガ酒造工場・麹室2
低温貯蔵室(旧麹室):壁や天井は釉薬煉瓦を使用。 これと似た様なものが、日本銀行本店(設計:辰野金吾1896,)の地下金庫や、旧岩崎久彌邸(設計:J.コンドル,1896)の本館~撞球室をつなぐ地下通路壁(非公開区域)に使用されている。
たしか、横浜正金銀行(設計:妻木頼黄1904)の地下金庫も釉薬煉瓦だったような…。
しかしこの工場では、表面の釉薬が水分調整できず、麹室として使用されなくなり、低温貯蔵室になったという。
赤レンガ酒造工場・麹室タイル
低温貯蔵室(旧麹室)の釉薬煉瓦:愛知煉石または陶弘社製。 湿気による劣化防止のために釉薬がかかっている。
赤レンガ酒造工場・廊下3
廊下の曲がり角の所は天井が吹き抜けているが、屋根の形跡も残る
赤レンガ酒造工場・廊下2
エレベーター前の廊下:2階の床を兼ねた1階天井。 I型鋼の小梁とアーチ状の煉瓦積みの連続。
赤レンガ酒造工場4
 創建時の3階建て部分は、地下に貯蔵室3室+作業場、1階は貯蔵室2室+清澄室1室+作業場、2階は発酵室2室+酒母室1室+分析室+搾場、3階は温水槽・冷水槽・寒水槽を設置。
赤レンガ酒造工場6
3階建て部分(東面)
赤レンガ酒造工場3
3階建て部分(南東方向)
赤レンガ酒造工場2
南面にある倉庫部分(旧 蒸米冷却室・低温実験室)
赤レンガ酒造工場・窓
左:倉庫の窓(南面)           右:3階建て部分の階段室窓(北面)
赤レンガ酒造工場・窓枠
外壁煉瓦:日本煉瓦製造㈱上敷免工場製など。 内壁煉瓦はイギリス積で、外壁煉瓦はドイツ積になっていたり、二重壁とし断熱のための空洞を設けている箇所がある。
赤レンガ酒造工場・開口部
左:ボイラー室内の窓台は無くなっている     右:廊下の天窓(換気口?)にまぐさらしきものが  

 大正11年の醸造所設備について記した本(※1)によると… 
仕込み桶は相当重いので1階に設置し、機械を置く時は煉瓦半枚増し積み。建物の重量を垂直に受ける所はコンクリートとし、面積が広ければ煉瓦をアーチに積んで材料節約。 壁は厚くするか二重とし、煉瓦であれば二重にして1~2寸の空洞を設ける。
二重ガラス窓(または内側に障子戸)は南側か東側に設置、出入口も二重にし、天井を張る。
麹室は、天井を傾斜させて水滴が麹に付かないようにし、明り取りの二重天窓(二重硝子戸か硝子戸+板戸)を設け、二重壁で断熱…となっています。
赤レンガ酒造工場・麹室3


 明治35年に敷地選定委員が、水質が佳良で豊富・土地が高燥で排水が良い・運搬が便利・建設が容易・空気が清浄であることとして敷地を決定。 候補には渋谷と新宿の停車場付近もあがっていたようです。
明治37年(1904.5.9)、醸造試験所(大蔵省所管)が設立されて、まずは事業課・庶務課が業務を開始。
大正元年に醤油醸造試験工場が竣工すると、翌年から醤油も醸造開始。 研究科・酒類醸造科・醤油醸造科・機械科が設置されますが、大正10年に研究科・醸造科の2つになります。 大正12年の関東大震災では1棟倒壊したようですが、他は大きな被害はなかったようです。
 しかし、昭和20年(1945.4.13)の大空襲で8割の施設が全焼。 無事だったのは、倉庫(1904煉瓦造2階)・醤油醸造工場(1912木造3階)・醤油発酵室(1912木造平屋)・大豆油浸出室(1919木造2階)で、一部被災は酒類醸造工場(1904煉瓦造3階)・研究科本館(1912煉瓦+木造2階)と別館(1928鉄筋2階一部3階)・酒精蒸留場(鉄筋3階)・醸造科事務室(鉄筋2階)・乙号官舎(1933木造平屋+中2階)。
昭和21年から残った施設で講習を復活。 翌年には研究科本館と酒類醸造工場を改築し、酒精蒸留場(鉄筋4階)・醤油醸造工場(木造平屋)・アミノ酸工場(木造平屋)などを新築。
昭和24年に国税庁関税部酒税課へ統合されると、敷地の一部が国税庁滝野川宿舎・日本醸造協会事務所・東京国税局鑑定官室分室になります。
その後、研究科本館(1912)等を解体し、昭和42年には、総合新庁舎(RC4階)が完成。
 昭和63年に閣議決定され、平成7年に醸造試験場は東広島市へ移転。(醸造研究所と改称)東京での講習・広報のため、この赤煉瓦工場は残置される事になりました。 その他は解体整地され、北区に払い下げられて公園や道路などになっています。
【参考文献】
※1 「醸造及設備」 鈴江近太郎(野田醤油組合技師)著 1922  日本醸造研究所
※2 「酒類総合研究所のあゆみ」2005 酒類総合研究所

【2015年4月 訪問】

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