2016.
07.10
Sun
東伏見宮邸
建築年:大正3年(1914) 
所在地:神奈川県 三浦郡 葉山町 堀内1968   
構 造:木造2階建て
見 学:非公開  
交 通:JR逗子駅~「向原」バス停~徒歩2分

東伏見宮葉山別邸・2F階段
階段2階:踊り場の窓の下には脚立が入っている
東伏見宮葉山別邸・2F和室1
2階和室の前室
東伏見宮葉山別邸・和室2
2階和室・大広間
東伏見宮葉山別邸・和室照明
2階大広間の照明
東伏見宮葉山別邸・和室照明2
2階和室の照明:菊の紋様が意匠に取り入られている
東伏見宮葉山別邸・2F洋室
2階南西の洋室
東伏見宮葉山別邸・寝室照明
2階西の洋室と照明
東伏見宮葉山別邸・クローゼット
奥行きのあるクローゼット家具:東伏見宮家の物かは不明だが扉は巨木の1枚板
(左:階段ホール、右:2階南西洋室)
東伏見宮葉山別邸・2F
左:2階西の洋室の暖炉          右:塔屋への螺旋階段
東伏見宮葉山別邸・2F廊下2
2階南西廊下(サンルーム)
東伏見宮葉山別邸・2F廊下1
2階北西廊下(サンルーム)
東伏見宮葉山別邸・螺旋階段2
塔屋への螺旋階段
東伏見宮葉山別邸・塔屋
塔屋内部
東伏見宮葉山別邸3


 ここ逗子は、東伏見宮依仁親王にとって療養の地であったようです。 この建物が出来る前の明治43年にも逗子で療養していた記録があります。
大正2年12月に風邪をこじらせ肺炎となり、熱海で1か月半ほど療養し全快すると、大正3年3月3日に船に乗って逗子(葉山)別邸に入っている事から、その頃にはこの建物も完成していたのでしょうか。 3月17日には帰京し、3月23日に軍令部へ出勤。 その後、3月26日に沼津で静養中の照憲皇太后へ御参伺するなど慌ただしい日々を送ったようです。
 大正11年5月10日、再び葉山別邸で療養に入り、6月25日に重体となって同日14時にご容態を公表。 26日20時頃に危篤に陥り、23時頃には絶望の状態。 27日20時頃に周子妃と共に自動車に乗り、近隣住民に見送られながらこの別邸を出ます。 赤坂.葵町の本邸にて23時25分薨去。 7月3日5時30分から柩前祭が行われ、7時に陸海軍.儀仗隊の行列に伴われて豊島岡墓地へ向かい、7月4日8時に斂葬、7月5日に權舍祭、同日10時に墓所祭が行われました。 周子妃は五十日祭に至るまで、雨が降っても毎日墓参していたとの事です。

【参考文献】
「依仁親王」1927 東伏見宮家

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