2016.
08.14
Sun
学習院②〔東京・目白〕
住 所:東京都豊島区目白1-5-1 学習院大学目白キャンパス
交 通:JR目白駅~徒歩約30秒、東京メトロ雑司ヶ谷駅~徒歩約7分
見 学:学園祭などで公開
学習院・乃木館
乃木館(旧 総寮部): 文部省.久留正道 設計、明治41年(1908)竣工 
昭和19年に総寮部が取り壊しとなる際、乃木院長室の部分を現在地へ移築(L字型の建物を長方形に改築)し、現在は部活動に利用。
乃木館・内部1
北東部の玄関・手洗所・流し部分は昭和53年に増築
学習院・乃木館室内
乃木院長時代の間取りは院長室・会議室・事務室・購買部・倉庫などで構成。乃木館となった際に板張りの床を一部、畳敷きに変更している。 当初はこれらの寄宿舎6棟の他に食堂・衛生病棟があった。
 明治40年(1907)乃木希典陸軍大将が第10代学習院長に就任すると、中等学科・高等学科は目白移転後に全寮制となり、乃木の指導により建設された総寮部(第一寮~第六寮)は三方が硝子窓で、学生の勤惰が一目にわかるようになっていた。 乃木は学習院長官舎を皇族寮とし、総寮部(学生寮)の一室に寝泊まりして軍服に長靴で日々を過ごし、校内を巡視しながらの草むしりが日課であった。 そして日曜日に赤坂新坂の自邸に帰っていたとの事。 明治天皇崩御で自害した時の遺書には、下賜品・書籍は学習院へ寄付すると書かれている。


学習院・榊壇
榊壇: 明治42年(1909.7.14)校舎の落成式に明治天皇が臨幸された際、玉座の左右に供えた榊を記念樹として植えている。
乃木院長が設計し、私費を投じて建設したもので、自ら採集した各地の石80個(朝鮮・樺太・カムチャッカ・ベーリング島・旅順・小笠原・八丈島など)を基壇に配置。 翌年(1910.3.20)地鎮祭が行われた。 
 昭和5年に榊壇の前には、鐘淵紡績㈱の所有(向島に移設)となっていた神田錦町の学習院正門(1877)が戻され設置されたが、その鉄門は昭和25年に戸山校地へ移され、現在は戸山キャンパスの正門となっている。


学習院・厩舎
厩舎: 明治41年頃に竣工
当初は正門の向かい側(現・目白小学校)に建てられていたもので、道路の拡張工事で昭和2年に鞍庫(馬具置場)と共に現在地に移築、昭和58年に改修。
学習院・厩舎内
武科の授業の一環として生徒が馬術を学ぶため、20頭の馬がいたという。 
そのため20ヶの馬房があったが、現在は14ヶになっている。
学習院・厩舎馬房
左:厩舎外部               右:厩舎内部
腰高の基礎は移築の際に新設したもの
学習院・厩舎屋根裏
厩舎の屋根裏
学習院・厩舎鞍庫
厩舎と共に移築された鞍庫
学習院・馬術部教官舎
新しく見える教官舎も古いものだという
学習院・馬術部教官舎2階
特別に2階を拝見させていただいた


 その他に学習院の建物として、初等科旧正堂(1899,木造)→千葉県立房総のむら、院長官舎(1909,木造)→明治村に移築され、昭和寮(1928,RC造2F+BF)→日立目白クラブになっています。

【参考文献】
「乃木将軍」 西村才助 著 1912 東洋出版社 
乃木将軍遺墨遺品記念展覧会図録「乃木将軍余香」1927 三越呉服店
「重要文化財学習院旧正門保存修理工事報告書」文化財建造物保存技術協会 2008 学習院

【2015年4月 訪問】

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