2012.
05.20
Sun
建築年:大正9年(1920)5月  
所在地:山口県下関市観音崎町10-6 TEL:083-232-0800
構 造:RC・木・レンガ混合2階、地下1階、石貼り (山口県指定有形文化財) 
設 計:長野 宇平治
開 館:10~17:00  入館料:無料
休 館:月・火曜日・祝日・年末年始
交 通:JR下関駅東口~バス停「海響館前」下車~徒歩2分    
唐戸・山口銀行2
 三井銀行は、明治9年(1876)三井八郎衛門らの発起人により東京日本橋に創設。 その後、下関支店を開設しますが、門司に移転するため、元・長州藩士であり大臣・三井財閥の最高顧問であった井上 馨の助言により、明治40年(1907)に、建物と営業権を百十銀行に譲渡し閉店。(百十銀行は失敗が多く、井上馨に何度も助けられた。)
 大正9年、三井銀行はこの建物を建て下関支店を再開しますが、昭和初期に入り戦争を感じた銀行幹部は、昭和8年(1899)に再び建物と営業権を百十銀行に譲渡し、この建物は百十銀行本店となりました。
 そして、昭和19年には6つの銀行(百十・華浦・船城・大島・宇部・長周)が統合して山口銀行本店に。 さらに、山口銀行の新本店が完成してからは、観音崎支店・別館など(昭和48年から2年間は日本銀行下関支店として一時使用)に使われ、現在は「やまぎん史料館」として公開されております。 ※詳しくはコチラ→【やまぎん史料館
山口銀行・内部
風除室・カウンター・床タイルなどは当時の様子に復元。
山口銀行・天井
格天井や柱の装飾は漆喰塗り。大正時代ならではのモダンな印象。
山口銀行・階段
2階の応接室や頭取室へ行く為の階段。 階段の主役である手摺柱もシンプル。
山口銀行・金庫
金庫の扉は意外と薄い。上にある小さな扉は「マンホール扉」と呼ばれ、金庫扉が故障した際に、行員が入るための非常口。明治大正期の銀行にはこの扉が存在する場合があり、このマンホール扉のない古い銀行は、金庫の造りにかなり自信があったと思われる。
山口銀行・天井裏1
コンクリートの陸屋根下地は、ワイヤーメッシュ状のデッキプレート。壁はレンガ、木造の梁という混合構造。
山口銀行・天井裏2
天井裏の様子。 1階の重い漆喰天井を支えるには、吊り木も太く間隔も狭い。
山口銀行・装飾
上: 外壁は徳山産の花崗岩。牡牛飾り・フェストゥーン(花綱飾り)などの彫刻を中心に、イオニア式&コリント式混合の柱頭飾りの柱で挟む。
下: 室内にある混合コリント式柱頭飾りも、漆喰で表現。
軍艦すずなみ
この建物の前に海があり、訪問時に護衛艦「すずなみ」の特別見学会が開催されていた。

 この建物を設計した長野 宇平治は、慶応3年(1867)越後高田(新潟上越市)生まれ、明治26年(1893)帝国大学工科大学造家学科卒業。
明治30年に日銀技師となり、辰野金吾の指導のもと日本銀行支店を手掛けました。
 大正2年(1913)に独立して長野建築事務所を開設。 横浜正金銀行青島支店(現:中国銀行青島分行)、北海道銀行本店(現:北海道中央バス本社)、三井銀行広島支店(現:広島アンデルセン)・大倉精神文化研究所(現:大倉山記念館)などを手掛け、初代・日本建築士会会長に就任。
 昭和2年から再び日銀技師となりましたが、本店増築の竣工前年・昭和12年に70歳で亡くなりました。
 
【2009年5月 撮影】

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建築年:大正9年(1920)5月  所在地:山口県下関市観音崎町10-6 TEL:083-232-0800構 造:RC・木・レンガ混合2階、地下1階、石貼り (山口県指定有形文
まとめtyaiました【旧 三井銀行下関支店(唐戸)】 | まとめwoネタ速neo | 2012.05.21 04:55
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