2012.
09.01
Sat
建築年: 昭和6年(1931年) 
所在地: 〒523-0851 近江八幡市市井町177  
構 造: 木造 
設 計: ヴォーリズ建築事務所
見 学: 13~16:00(月水金)、10~15:00(火木)、13~16:00(土休日) 料金は無料
     平日10~16:00、土休日13~16:00、 料金は有料   詳しくはコチラ⇒【ハイド記念館
    「ハイド記念館」のみ一般公開。 ☎0748-26-6683(ヴォーリズ精神継承委員会)    
     ※その他の建物見学にはヴォーリズ学園の許可が必要です。
休 館: 夏季・年末年始・その他    
交 通: JR琵琶湖線・近江八幡駅~近江鉄道バス~「学園前」バス停下車

近江兄弟社学園2
 この建物は、昭和6年にアルバート・アレキサンダー・ハイド(メンソレータムの創業者)の夫人からの寄付により竣工しました。
そして、2003年3月まで「清友園」幼稚園として使用された後、現在は「ハイド記念館」として一般公開されております。
建物はヴォーリズ学園・市井校地の中にあり、私立校の施設の一部となっています。
旧清友園01
旧清友園の玄関:車寄せの様に立派で、数組の親子が来ても雨に濡れない心配り。
外壁下部は板張り、上部はモルタル塗りスタッコ仕上げ、屋根は瓦葺き。
旧清友園06
園児向けに、低くて扉のないロッカーが1階廊下に並ぶ。
旧清友園10
遊戯室:暖炉上の写真は、若き日のヴォーリズ(一柳)夫妻。
旧清友園11

近江兄弟社学園4
旧礼拝堂(現・教育会館)もヴォーリズ事務所が設計。(昭和6年竣工)
このホールで昭和12年(1937)にヘレン・ケラーが講演している。
近江兄弟社学園11
旧礼拝堂(現・教育会館)の裏側
近江兄弟社学園6
旧礼拝堂(現・教育会館)は現在は講堂として活用。 学生が使用している為、見学には許可が必要。
近江兄弟社学園7

近江兄弟社学園15
教育会館の裏手に、小学校「グロリア館」も現存。 こちらは昭和31年(1956)竣工。
 ※詳しくはコチラ⇒【ヴォーリズ学園

 清友園を創設した一柳 満喜子は、播磨小野藩主11代で子爵・一柳末徳の三女として明治17年(1884)に生まれ、女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)で津田梅子に学び、神戸女学院卒業後にアメリカのブリンマーカレッジに留学し、キリスト教の洗礼を受けた後、帰国して女子英学塾(現・津田塾大学)で教員となります。
 そして、実兄の住まいの設計をヴォーリズが担当した際に、キリスト教徒である満喜子が通訳となった事で親しくなり、大正8年(1919)に2人は結婚します。
ちなみに実兄の廣岡恵三は、廣岡浅子の娘婿であり、大同生命保険や大阪電気軌道(現・近鉄)の社長となり、大同生命旧本社ビル(1925-1990)も、ヴォーリズ事務所が設計しております。 また、廣岡浅子(※詳しくはコチラ⇒ 旧成瀬仁蔵住宅 )も洗礼を受けており、大正8年に亡くなるまで日本YMCAの委員を務めていましたので、ヴォーリズとも交流があったのでしょう。 
 結婚の翌年に、妻の満喜子が池田町でプレイグラウンド(保育所)を開設。 大正11年(1922)に「清友園」幼稚園として認可されます。
その後は、小中高一貫のキリスト系の私立校として拡大。 一柳 満喜子は、ヴォーリズを看取って5年後の昭和44年(1969)に亡くなりました。

教育会館側の門から100m程の所にヴォーリズ夫妻が住んでいた住宅があり、現在は「ヴォーリズ記念館」として予約制で一般公開されております。  ※詳しくはコチラ→【旧ヴォーリズ邸

【2009年10月 訪問】

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