2012.
09.02
Sun
上越市立総合博物館
所在地:新潟県上越市本城町7-1(高田公園内)  TEL:025-524-3120
開 館:9:00~17:00  
休 館:月曜(祝日の場合はその翌日)・年末年始・展示替え
入館料:大人300円(小林古径邸との共通券も別途あり)
交 通:JR高田駅or直江津駅~バス停「高田公園入口」下車~徒歩5分
高田堀
 今回は、上越市立総合博物館で開催されていた、斎藤真一「GOZE」展(2012/6/23~9/2)へ、行ってまいりました。  ※詳しくはコチラ→【上越市立総合博物館
 ここ高田は、古くは上杉謙信の領地であり、のちに越後高田藩となり、家康の六男・松平忠輝が城を築きました。総監督として伊達政宗が携わり、堀と土塁を設け、慶長19年(1614)に三階櫓を建立。 加賀藩前田家を睨む重要拠点でありましたが、泰平の世に入ってからは大名の転封先となりました。
 明治3年(1870)に三階櫓と御殿が焼失。 戦時中には陸軍駐屯地として、土塁が壊され堀が埋め立てられました。
 現在は、その高田城の跡地に博物館が建てられ、残った堀には夏に蓮の花が、春に桜が咲く観光地となっております。
雁木
 昭和36年(1961)斎藤真一は、藤田嗣治の勧めで東北を旅した時に、三味線の音に心惹かれ、宿の古老から「瞽女ごぜ」の話を聞きます。 瞽女とは、病気などで視力をなくした女児が、師匠に弟子入りして三味線と唄を覚え、村々を門付けして歩いた女性達の事です。
 最近では、綾瀬はるかさん主演の映画「ICHI(2008年公開)」のモデルとなった事で知られています。
新潟には明治以降も瞽女が残り、この高田には明治34年に約17軒の親方(師匠)の家があり、弟子と生活を共にしました。 入門して7年目で「姉さん」と呼ばれて一人前に、10年目で年期明け、13年目で親方となり弟子を取りました。通常3人位で1組となり巡業しますが、掟破りをした者は「はなれ瞽女」となり、1人で旅しなくてはいけません。一度旅に出ると2ヶ月近くは戻らず、年に300日も旅していたそうです。 峠を渡り、信州の上田や佐久まで巡回。 時には出稼ぎ漁に同行し、北海道で巡業したといいます。
 各地では、瞽女宿と呼ばれた庄屋等の農家が無償で食事と寝床を提供し、瞽女は村人達に三味線と唄を聞かせました。
 その後、農地改革・文化の変貌により、瞽女が激減。 ここ高田でも、杉本キクイと弟子2人による、昭和39年の巡業が最後となりました。
その巡業で、斎藤真一は高田瞽女最後の親方と出会い、思い出を聞き、瞽女の軌跡探訪の旅が始まります。
 そして「瞽女」の一連の作品を完成。 ・・・その作品とは、瞽女の表情と強烈な赤色に思わず心が惹かれ、一度見ると忘れられなくなるものです。
さらに、今の時代がどれだけ幸せか、改めて考えさせられるでしょう。
斉藤真一「あげ石~一覧」
 この度、池田敏章氏により収集されたコレクションが、瞽女にゆかりのある上越市に寄贈されました。 今後も一部が展示されるでしょうから、ぜひこの素晴らしい作品をご覧頂きたいと思っております。
 次回は、隣接している吉田五十八作「小林古径邸」をご紹介いたします。
斉藤真一「ごぜ歌」
「ごぜ歌」 ※絵葉書より引用

【2012年8月 訪問】
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