2012.
10.07
Sun
建築年:明治43年~大正10年(1910~1935)、一部改修あり 
所在地:福島県喜多方市岩月町三津谷3819  
構 造:レンガ造 1~3階建て (国指定登録有形文化財)
施 工:田中 又一ほか
見 学:個人宅なので在宅しているか確認した方が無難。 TEL:0241-22-9459
料 金:大人200円
交 通:JR喜多方駅~平沢行きバス~三津谷バス停~約350m

若菜家・3階蔵2
 喜多方駅から車で旧米沢街道に向かい、5kmほど進むと、田園が広がる一帯に4~5軒の集落が見えてきます。 2軒隣にあるラーメン屋『赤れんが』(こちらも煉瓦蔵)の看板を目標にした方が、分かりやすいかもしれません。
三津谷集落にある煉瓦造の古い建物は、煉瓦職人として清水組の仕事をしていた、田中又一の作と云われております。
 若菜家は、現在の当主が10代目となる農家で、米・ぶどう・野菜などを生産販売しています。
若菜家・蔵5
 左側が3階蔵で大正5年(1930)建造。 家財道具の倉庫として利用。
扉が重いので開ける事が出来ないが、普通の倉庫として家財がたくさん入っていた。
右側が蔵座敷で大正6年(1931)建造。
若菜家・3階蔵ポーチ
3階蔵の玄関ポーチは格天井。 アーチの煉瓦は台形に削られ、本格的に造られている。
若菜家・蔵座敷床の間
蔵座敷内部。柱や鴨居などは欅材に漆塗り仕上げ。客間・隠居部屋として利用されていた。
若菜家・蔵座敷天井
上:欄間の細工も細かい。   下:天井も欅材で漆塗りと豪華。
若菜家・蔵座<br />敷中
昭和のかおりがする室内。
若菜家・蔵座敷飾り棚
この蔵座敷を造った4代目当主は、手前にある炉で客人に茶を呈したという。
若菜家・農作業蔵
農作業蔵:明治43年(1910)建造。当初は脱穀・精米・穀物や飼料の倉庫として使われていた。
若菜家・作業蔵外
農作業蔵の下屋は昭和7年に増築。 雨でもこの場所でわら細工等の農作業をしていた。
若菜家・農作業蔵1階
農作業蔵の内部は、平成になると食堂として使われたため内部は改装されている。
若菜家・作業蔵二階
トラス式の洋風な小屋組。   改装後は、2階は52帖の座敷となっている。 
若菜家・味噌蔵
 味噌蔵:大正10年(1935)建造。 左側の部屋は、自家栽培の米で味噌を仕込んだ蔵。
現在も自家用として味噌を仕込んでいる。
右側の部屋は、昔、炭の保管庫として利用。 現在は資材庫。
若菜家・味噌蔵入口
味噌蔵の銅板が貼られた扉を閉めると、防犯・防火性がさらに増す。
若菜家・デティール
上:3階蔵の通気口。
中:味噌蔵入口の煉瓦の庇も素晴らしい。
下:3階蔵の軒裏のデザインも凝っている。
三津谷の登り窯
 750m先にある若菜家の奥さんの実家が、昔 煉瓦生産をしていたというので行ってみました。
ここは、『三津谷の登り窯』として近代化産業遺産・喜多方市指定有形民俗文化財に登録されています。 良質の赤土と大量の薪が手に入るこの地で生産された煉瓦は、喜多方にある明治~大正の蔵に使用されました。

 残念ながら内部を見ることが出来なかったので、解説板を要約すると・・・。
「新潟・亀田出身の樋口市郎が、明治23年に27歳でこの地に移住し、7室の登り窯を築造。
そして、寒冷地対策として益子焼きの釉薬を使用した煉瓦等を考案。
大正時代になると、二代目の喜一が登り窯を10室に改造。
焚口3、全幅5.1m、全長18m、1回で約1万個の煉瓦が生産可能になった。
しかし、明治~大正までが最盛期で、昭和45年には閉窯。
昭和57年に文化財指定された事で再び開窯され、『市郎窯』と呼ばれている。」
 
 樋口市郎の生まれた新潟の亀田周辺には、安田瓦(安田町)の生産地があります。
樋口市郎が改良棟瓦の特許を取っている事から、安田で修行したと考えられます。
そして、寒冷地の瓦技術を元に、釉薬煉瓦が生み出されたのかもしれません。

登り窯の所在地:喜多方市岩月町宮津字火付沢3567(喜多方市高齢者生産活動センターの隣)

※登り窯の見学は、観光ガイド等の同行が必要となります。
 見学希望の方は喜多方観光協会(電話0241-24-5200)まで

※平成20年から数年に1回位で、煉瓦作りを体験する企画が実施されているようです。
登り窯の煉瓦作り体験などの問い合わせは・・・三津谷煉瓦窯再生プロジェクト事務局
〔喜多方蔵のまちづくりセンター(NPO法人まちづくり喜多方)Tel:0241-22-5546〕へ。

【2012年8月 撮影】
 
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