2013.
04.07
Sun
所在地:京都府 京都市 上京区 下立売通 新町西入薮ノ内町
建築年:明治37年(1904) その後も改修有り
構 造:煉瓦造 一部石貼り 地上2階・一部地下1階 スレート葺き屋根
設 計:京都府技師・松室重光(意匠)、一井九平(技術)、久留正道 ほか
見 学:10:00~17:00  無料
休 館:土曜・祝日・年末年始・貸切時  
TEL:075-414-5435
交 通:市バス「府庁前」~5分、地下鉄烏丸線「丸太町」~10分

京都府旧庁舎
 京都の行政を担ってきた明治の建物が現在でも活用され、さらに親しまれる施設へと変化しています。 旧知事室が見学できるほか、一部の部屋がギャラリースペースとして京都府民に開放され、若者達が集まるようになってきました。
また、正庁室はコンサートや結婚式場(飲食不可)として有料で借りる事も可能です。
※詳しくはコチラ→【京都府
中庭
 訪れた日には、NHK大河ドラマ「八重の桜」企画展(2013/3/20~3/26)で衣装等の展示があり、さらに中庭へ向かうと円山公園にある早咲き品種『祇園枝垂れ桜』の子孫の桜が五分咲きの状態で、思わぬ花見を楽しめました。 毎年、『観桜会』として京都府のネットに掲載されますので、参考にして下さい。
階段ホール
南側にある階段ホールと照明
知事室
旧知事室は南東の角に有り、大文字山が見える。
食堂・表示灯1
隣の知事用食堂にある表示灯:昭和3年に設置された物で、知事・部長の登退庁がわかる。
これを見て別の呼び鈴で部課長の呼び出しをしていた。
議員控室・天井
2階の旧・議員控室には天窓があり、窓がなくても明るい。 〔非公開区域〕
消火栓
消火栓は当初の物か?
2階北階段
左:1階の北側にある階段ホール
右:2階の踊り場には議会場傍聴席へと続く扉がある
便所・2階廊下
左:便所は中庭に飛び出すように設置してあるので通気が抜群(設備・内装は改修済み)
右:2階廊下の床は天然リノリウム貼か?(1階床はタイル貼り)
1階西側の通路
左:1階西側にある通路には地下へと続く階段が
右:1階西側・警務課隣りの窓口。 扉が物凄く狭く、体を横にして出入り。
京都府警本部
旧本館の横にある「京都府警本部」 
昭和3年 RC造 地上3階・地下1階 京都府技師・十河安雄の設計
十河安雄は、鴨沂高校・京都教育大学の京都小学校や紫明会館などを手掛けている。
議会場側
 この京都府旧本館は、明治34年11月9日に工事が開始され、3年余りの工期と約366,209円の費用をかけて完成しました。
現在の京都府庁がある地は、文久2年(1862)京都守護職が設置され、9つの町を潰して増改築を重ね、慶応元年(1865)に上屋敷が完成しました。
 慶応3年に京都守護職が廃止されると、東御役所(東町奉行所)跡が京都市中取締役所となり、明治元年(1868)『京都裁判所』→『京都府』と立続けに改称します。 京都府は明治2年にこの旧・京都守護職上屋敷に移転しますが、2年後には二条城の中へ拠点を移します。 そして京都守護職上屋敷を殆ど取り壊して、国学・漢学・洋学を教える京都府中学校を建設。
明治18年になるとその京都府中学校が移転(寺町丸太町上ル)したため京都府はこの地に戻り、中学校の建物を15年ほど京都府庁舎として利用しました。
 手狭になったため明治27年頃から庁舎の新築計画が議案に上がりますが、工費42万円で否決となり、明治33年(1900)工費35万円・条件付きで可決されたといいます。 その後も新たな庁舎が増え、現在は『京都府庁旧本館』と呼ばれるようになりました。
前の京都府庁舎・古写真
上:京都府中学校・正堂(学務局)を利用した、明治20年頃の京都府庁舎
下:完成間もない京都府庁舎
施設
上:第4回内国勧業博覧会 明治28年(1895)
下:記念動物園(現・京都市動物園)

 設計者の松室重光は明治6年(1873)神官の家に生まれ、東京帝国大学造家学科卒業後は京都府技師となり、古建築の修復の他、武徳殿(明治32年)・京都ハリストス正教会聖堂(明治34年)などを設計。
しかし、京都府庁完成時に部下の汚職事件が発覚して退官。 九州の鉄道技師を経て、関東都督府技師として満州に渡り、旧 大連市役所など公共建築を設計しています。
大正11年に辞任・帰国してから、片岡建築事務所で大阪電気博覧会(1926)・武田薬品本社(1928)などを手掛け、松室建築事務所として独立。 昭和12年(1937)永眠しました。

【2013年3月 訪問】

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コメント
建築物の素材感が感じられる撮影ですね。ところで「第4回内国勧業博覧会」として使われている古写真ですが、正門前にある噴水の意匠が通常掲出されている写真のものと異なるので興味があります。この写真はどのような資料から利用されているのでしょうか。私は「内国勧業博」を研究テーマにする学生です。
edamamestar | 2013.05.05 17:14 | 編集

 この記事をご覧いただきまして誠にありがとうございます。
返信が遅くなり誠に申し訳ございませんでした。

 岡崎で明治28年に開催された「第4回内国勧業博覧会」の古写真ですが、京都府庁舎に展示されていたもので、許可を得て撮影したものです。
原版は(石井行昌氏 撮影)京都府立総合資料館寄託となっております。
モス | 2013.05.08 11:11 | 編集
ご回答いただきありがとうございました。気づくのがたいへんに遅れ失礼いたしました。第4回の内国勧業博覧会の建築物は、久留正道が担当したと読んだことがあるのですが、おそらく松室重光も建築チームに加わっていたのでしょうね。とても興味を持ちました。
edamamestar | 2013.09.14 23:58 | 編集
> 第4回の内国勧業博覧会当時は松室重光は大学在学中のため、建築チームに加わっていなかったかもしれません。しかし、なんらかの影響を受けて京都府に入ったのでしょう。
モス | 2013.09.16 10:35 | 編集
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