2013.
09.23
Mon
所在地: 埼玉県川越市 松江町2-4-13
建築年: 大正10年(1921) 国の登録有形文化財
構  造: 煉瓦造、木造小屋組 
設  計: ウイリアム・ウィルソン
施  工: 清水組
見  学: 日 中。  礼拝:日曜日10:30~/18:00~
料  金: 献金箱に寄付金を。
T E L : 049-222-1429
交  通:  西武新宿線 「本川越」 駅~徒歩15分 or  東武バス 「仲町」 バス停~徒歩3分
川越キリスト教会
 川越では、明治11年(1878)横山錦柵・田井正一らにより日本聖公会の伝道が開始されました。
※情報いただきました。詳しくはコメント欄をご覧ください
明治22年(1889)元町一丁目辺りに川越教会の木造礼拝堂が建設されますが、明治26年の大火(1893/3/17)により焼失。 ニューヨーク大学教授であったピーターソン氏からの援助により、同じく大火で更地になった『上松江町』という商人町(現・松江町)へ移転し、大正10年(1921)4月に完成します。
※日本聖公会については、以前紹介した東京・国立市【滝乃川学園】をご覧下さい。
 ウィリアム・ウィルソンは、アメリカの聖公会から派遣された建築家で、立教大学礼拝堂や校舎の実施設計・管理(基本設計はアメリカのMurphy & Dana建築事務所)を担当し、関東大震災後も立教大学の修復に携わりました。
その当時のウィルソンの姿が、立教大学のHPに掲載されていますので、詳しくはコチラをご覧下さい→【立教タイムトラベル第37回
 その他にも、熊谷聖パウロ教会礼拝堂(1919竣工)や、大阪主教座聖堂川口基督教会(1920竣工)など聖公会の建物を設計しています。
川越キリスト教会3
教会内部。デザインはノアの方舟をイメージしているという。
川越キリスト教内部
トラス式の小屋組。
川越キリスト教会内部2
玄関の上は鐘楼になっており、礼拝の前に右手にある吊り紐を引っ張って鐘を鳴らした。
※ 鐘楼内部については⇒【日本福音ルーテル市川教会】を参考にして下さい。
川越キリスト教会オルガン
昨年の訪問時には、パイプオルガン奏者が練習をしていた。
川越キリスト教会2
屋根は新しくなっている。 また、祭壇裏手はステンドグラスになっていた形跡がある。
川越キリスト教会定礎
 田井正一(1848~1927)は、川越キリスト教会の牧師で、教会の敷地内に明治34年(1901)、『宇気良(うきら)幼稚園』を創設。私立幼稚園としては埼玉県内で最も古く、明治44年(1911)『初雁幼稚園』と改称されました。
 一方の横山錦柵は、アメリカへの留学経験があるという事ですが、調べてみるとH.A.アイオンの論文「十字架の喜びと苦難」の中で、横山錦柵は帰国直後に病気になり、日本聖公会伝道団を離れたと記しています。
 さらに、明治23年発行の埼玉県第3選挙区国会議員選挙論「附・ロック設置主意書」なる文書があり、「横山錦柵、埼玉県北葛飾郡堤郷村112番地生まれ、東京両国米澤町在住」と書いてあります。(国会図書館所蔵)
 この横山錦柵が川越キリスト教会創設者と同一人物であるか定かではありませんが、中川にロック式水門(閘門)をかけるよう提案しています。
先見の明があり、実現していれば、現在ある荒川ロックゲートの先駆けとなった事でしょう。 ※詳しくはコチラ⇒【近代デジタルライブラリー
 ※横山家の子孫の方から、同一人物との情報を頂きました。詳しくは下記のコメント欄をご覧下さい。

【2013年5月 訪問】

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コメント
横山 錦柵の子孫の者です。教会設立者とロック式は同一人物です。我が家に錦柵のバージニア神学校の修了書がありまた、私の本籍も東日本橋で当時の両国です。

錦柵は確かに伝道師を早くに辞め、大学予備門(東大の源流の一つ)の英語講師や文筆業、漢方薬店で成功したかなり変わった人です

木村荘八 両国界隈にも登場します
関東大震災の時、亡くなったとされています。

| 2013.09.23 19:50 | 編集
貴重な情報ありがとうございました。
ロック式水門は、高低差のある川をつなぐ設備ですが、その当時は実現しなかったようですね。
荒川ロックゲートが出来た時には、天国の横山 錦柵さんも喜んだことでしょう。
小型船かカヌーでしたら、どなたでも無料で通過(日曜祝日休み)できますので、一度、通過してみては?
モス | 2013.09.23 22:14 | 編集
こちらこそありがとうございます。
近々荒川ロックゲートに家族総出で、見学に行こうと思います。

一点だけ訂正させて下さい。
横山錦柵が教会創設者であるかは不明です、関係者であることは確かなんですが情報の乏しい時代のことなので。。

色々と勉強させて頂きありがとうございます
では、失礼致します。

横山 | 2013.09.24 17:53 | 編集
横山錦柵師はアメリカで聖公会の執事に任命されています。川越での伝道をしておりますが、1881年7月に辞職されたようです。
前田良彦 | 2017.03.11 21:53 | 編集
貴重な情報ありがとうございました。
川越キリスト教会の創設者ではないですが、日本聖公会の初期メンバーとして川越で早くから伝道していたという事ですね。
他の教会も礼拝堂が出来るまでは民家や施設を借りて伝道所に使っていたようなので、川越での伝道者として重要人物だった事がわかりました。
その他の教会についても情報いただけると幸いです。
美珍麗・探訪:モス | 2017.03.12 12:00 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
| 2017.03.12 20:50 | 編集
横山錦柵師関係者の方へ 私は日本聖公会の歴史資料を作成しております。横山師についてお願いしたいこともあり、連絡を希望しております。わたしのメールアドレスは管理者が知っていますので、管理者宛までご連絡いただければありがたいのですが。
前田良彦 | 2017.03.17 11:50 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
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