2013.
07.07
Sun
亀屋
山崎家の本家 〔亀屋本店〕 埼玉県川越市仲町4-3, TEL:049-222-2052, 9時~18時
 山崎家は信州中野出身の嘉七を初代とし、川越の和菓子屋から暖簾分けして、天明3年(1783)菓子屋『亀屋』を創業。
本家の当主は代々『嘉七』を名乗りました。 そして川越藩御用商人となり、豪商となっていきます。
 本店は、明治26年の大火(1893/3/17)で焼失してしまいましたが、その4ヶ月後に現在の土蔵造りに建て替えられました。
 本家四代目の山崎豊(1831-1912)は、川越藩お抱え絵師の息子であった橋本雅邦の画宝会幹事として、数多くの作品を所有しました。(現在その作品は、明治の大火でも焼失しなかったという旧工場を改装した『山崎美術館』にて鑑賞できます。川越市仲町4-13)
 また四代目は、第八十五銀行や川越貯蓄銀行の頭取を務め、明治33年に川越商業会議所(現・川越商工会議所)を開設。
同じく、第八十五銀行の頭取や議員を務めた、穀物商・横田五郎兵衛(1834-1892)らと共に、明治7年頃に志義学校を創設。
その学校は統合と移転により、現在は川越市立中央小学校になっています。
※詳しくはコチラ⇒【亀屋
旧山崎家別邸
旧山崎家別邸 川越市松江町2丁目7−8
 5代目嘉七(半三郎1869-1927)は14歳で家督を譲り受け、和菓子屋として商品開発に勤しみ、ヒット商品を生み出しました。
この建物は、5代目の隠居所として大正15年頃(1924/10/19上棟)に完成した、和洋併置型の木造住宅です。
建物と庭園は、三菱から独立して川越の「第八十五銀行」や「山吉デパート」等を手掛けた、保岡勝也が設計しています。
完成後まもなく、5代目は昭和2年に58歳で亡くなりましたが、この屋敷は迎賓館として使用され、昭和初期に皇族や李王垠殿下が訪れました。
 その後、平成18年に建物が川越市に寄贈され、庭園は国の登録記念物(名勝地)となっています。
土休日10時~16時に外観のみ公開、無料。  母屋1階のみ有料公開となりました
※詳しくはコチラ⇒【旧山崎家別邸
旧山崎家別邸・茶室
旧山崎家別邸・茶室
山崎茶店
こちらは、明治10年に分家した亀屋山崎茶店。川越商工会議所の斜め前にあります。
山崎茶店・大蔵
 店の裏手にある大蔵は、嘉永3年(1850)に建設されたもので、明治26年の大火(1893/3/17)を免れた土蔵造りの蔵です。
創建時は、穀物や味噌の貯蔵用でしたが、明治10年頃に山崎家が店と共に買取り、茶葉の倉庫として平成13年(2001)まで使用。
市の助成金をもとに平成14年から3年の歳月を掛けて修復し、平成16年12月に完成しました。
 現在は『茶陶苑』として、陶磁器のギャラリースペース、カフェ、イベントに活用されています。
◆3~7月/9~11月の木・金・土・日(10:00~16:30)公開。300円
 埼玉県川越市 仲町2-6 TEL:049-222-0046 ※詳しくはコチラ⇒【茶陶苑
山崎茶店・大蔵2階
亀屋山崎茶店・大蔵2階のスペース
山崎茶店・大蔵2階窓②
窓がなぜか中2階にある
山崎茶店・大蔵2階窓
 その昔、この辺りに鍛冶屋の住む地域があり、刀匠・鴫善吉(しぎぜんきち)が開いた町として『鴫町』と呼ばれていました。 そしていつしか、『志義町=しぎまち』へと変わり、穀物問屋が建ち並ぶ活気ある街へと変化し、その後の町名統合により、現在は『仲町』となっています。

※次回は、この茶陶苑で開催されたイベントについて記します。 記事⇒【百鬼丸ライブ

【2013年5月 訪問】

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