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2018.
12.02
Sun
建築年:昭和2年(1927)
所在地:愛知県豊川市御津町御馬
見 学:個人宅のため通常非公開


旧今泉医院
 毎年秋に開催される愛知登文会(愛知登録有形文化財所有者の会)で2017年に特別公開された旧今泉医院では、古い医療器具も拝見できました。 ※詳しくはコチラ⇒【愛知登文会HP
現在は個人住宅となっておりますが、所有者の許可を得て今回は掲載いたします。
旧今泉医院・手洗い場
畑作業などで汚れた患者が手を洗う場所には、伊奈製陶(鳩のマーク+INA SEITO CO.,LTD)の手洗い器が付く。 
常滑の伊奈製陶所→伊奈製陶(INA)→イナックス(INAX)となっていたが、近年統合されてLIXILになった時、寂しい気持ちになった人は少なからずいたと思う。
これは日本工業規格の『JIS』マークが無いので、昭和24年以前の物のようである。
旧今泉医院・受付
左:玄関の照明           右:受付窓口
旧今泉医院・担架
室名札と担架
旧今泉医院・調剤室
調剤室
旧今泉医院・診察室
診察室
旧今泉医院・古写真
当時の様子(展示写真より)
旧今泉医院・器具
写真にある医療器具がそのまま残る
万力で固定された遠心分離器は、ハンドルで回す手動式
旧今泉医院・手洗い器
医療用の手洗い場(衛生陶器メーカーは確認できず)
旧今泉医院・床
診察室の床は天然リノリウム張り
旧今泉医院・天井
天 井
旧今泉医院・応接室
応接間は晩年の今泉忠男氏の寝室となった
旧今泉医院・洗面所
洗面所
和製マジョリカタイル
右上にある多色草花文レリーフタイル(メーカー不詳19C~20C初) INAXライブミュージアム蔵
先日、常滑を訪問した際にINAXライブミュージアムに立ち寄り、企画展を撮影したもの。
掲載のため写真を見返したら、色違いの同じタイルがあったので驚いた。
★企画展『和製マジョリカタイル―憧れの連鎖』 2018.11.03(Sat)~2019.04.09(Tue)
※詳しくはコチラ⇒【INAXライブミュージアム
旧今泉医院・2F1
2F座敷
旧今泉医院・2F2
2F次の間:畳は剥がしてある
旧今泉医院・病室棟
病室棟:住居として建てられたのだろうか?床の間付きの部屋が有る
当初は住み込みの看護師が二人いたが、閉院時には一人となった
旧今泉医院・病室
部屋の両側に廊下が付く
旧今泉医院・噴水
庭の片隅にある噴水
旧今泉医院・窓2

旧今泉医院2


 江戸時代に一色家の家臣であったという今泉家は、3代目・今泉龍蔵の頃に明治維新を迎え、赤根村の代官の任を解かれます。
その長男・健蔵は豊橋にある町医者の書生となり、医学書を書き写して勉強し、明治30年に医師開業免許を取得。
明治36年から御馬村に移転し、昭和2年に医院を新築。 昭和4年に東京から戻ってきた息子の忠男も診療に加わり、外来は父親、往診は息子が担当し、虫歯の治療から分娩まであらゆる診療を行いました。
昭和63年(1988)忠男の引退に伴い閉院し、現在は御子孫の方が住居としています。
旧今泉医院3
【参考文献】
旧今泉医院内の解説板
京都学園大学リポジトリ『幕末・維新期における尾張藩の「勤王誘引」活動』 松井 悠奈

【2017年11月 訪問】

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2018.
11.18
Sun
建築年:昭和6年(1931) 
構 造:木造平屋一部2階建
所在地:愛知県知多郡美浜町大字野間字須賀91-1
アクセス:名鉄「野間」駅~徒歩約20分(町営ミニバス自然号あり)
公 開:イベント時など
 
※2018年の特別公開:11月25日(日)10:00~15:30 予約不要 
野間郵便局旧舎
 毎年 愛知県では、愛知登文会(登録有形文化財所有者の会)による建物特別公開が実施されています。
※詳しくはコチラ⇒【愛知登文会HP
野間大坊・野間灯台で有名な美浜町にあるこの郵便局は昭和6年~昭和53年まで使用され、隣に局舎が新築されたため現在は『對雙鑑浦堂(たいそうかんぽどう)』として地元のイベントなどに使用されています。
訪問時には局舎を建てた森田定吉の孫・5代目局長が解説をされていました。
野間郵便局旧舎・1
 森田家の当主は代々『伊助』を襲名して廻船業を営んでいましたが、明治13年に三代目・伊助が自宅にて五等郵便局を開始。
明治34年に別の地に局舎(木造洋風2階建)を新築しますが、事務量の増加などで手狭となり、局長となった従兄の森田定吉が昭和6年にこの局舎を建てました。
この様に明治~昭和初期の郵便局は、財力がなかった国の代わりに各地の有力者が土地や建物を無償提供し営業していました。
野間郵便局旧舎・5
公衆室(左側:区分室、右側:局長室)
野間郵便局旧舎・発着室
左:スタンプの収納箱          右:発着台
野間郵便局旧舎・私書箱
カウンター下にある私書箱(表・裏)
野間郵便局旧舎・電話室
出入口脇の電話室
野間郵便局旧舎・休憩室
休憩室
野間郵便局旧舎・階段
左:箱階段                 右:扉のラッチがビー玉!
野間郵便局旧舎・2F
2階:電話交換業務の宿直室として使用。 電話交換は明治43年から開始している。
野間郵便局旧舎・屋根裏
表は洋風、裏手は和風の造りで、それぞれの屋根は洋小屋と和小屋になっている
野間郵便局旧舎・台帳
『野間局 各種事務取扱累年統計台帳』-預入金額の推移
字の特徴から定吉局長が書いたとの事で、デザインの勉強もしたのだろうか、きれいにレタリングされている。
野間郵便局旧舎・申請図1
申請図の原本
野間郵便局旧舎・申請図2
局長の森田定吉(1879-1955)は村長・群会議員を務め、陶芸家の井上楊南とは義兄弟で、日本画が得意であったという。
この局舎の平面計画は定吉が行ったと云われているが、美術・建築系の学校には行っていないとの事。
申請のため独学でパースも描いたとしたら凄いものだ。
野間郵便局旧舎・立面図
設計士が描いた図面
野間郵便局旧舎・平面図
実施設計で多少の変更が行われ、施工は小野浦の樋口松太郎が請け負い、芦屋の洋館改修で経験を積んだ弟子の杉村定次郎が担当した。
野間郵便局旧舎・展示物
展示品(2000.1.1の消印も)
岡田郵便局
岡田郵便局(現・知多岡田簡易郵便局)
 同じ知多郡にある明治時代の現役の郵便局(出入口廻り・内部など改修済)
知多貯蓄銀行.岡田出張所の取扱人であった伊井又兵衛(金之助)が明治32年に自宅にて郵便業務を開始。 この局舎は明治35年頃に竣工した。
昭和41年の郵便局移転で閉鎖となり、街並み保存会の事務所等に使用されていたが、平成5年に復活している。

【2017年11月 訪問】

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2018.
11.05
Mon
建築年:昭和6年, 何度か改修有り
構 造:鉄骨鉄筋コンクリート3階建て
設 計:中村與資平(中村工務所),  施工:松村組
所在地:愛知県豊橋市八町通二丁目22番地
アクセス:豊橋鉄道「市役所前」~徒歩約1分
TEL:0532-51-3077

豊橋市公会堂1
 毎年 愛知県では、愛知登文会(登録有形文化財所有者の会)による特別公開が行われています。
2017年の豊橋市公会堂ではバックヤードツアーが実施されました。
※2018年の特別公開:11月18日(日)ガイドツアー13:30~14:15/15:00~15:45(予約不要・自由見学無し) 
詳しくはコチラ⇒【愛知登文会HP
豊橋市公会堂2
 大正9年に豊橋電気㈱が買収されるという話が持ち上がり、市営に向けて豊橋市議会が動き出しましたが、名古屋電灯㈱との合併が強行され、政治問題に発展。 県が仲裁に入った結果、和解の条件として名古屋電灯㈱は電気料の値下げと公会堂建物を寄付する事になりました。
しかし、建設予定地の八町高等小学校の移転先送りで延期され、昭和3年に大典奉祝記念事業として建設が決定。
昭和5年5月上旬に設計が完了すると、6/16工事請負入札、7/25地鎮祭、約17万円の建設費をかけて翌年8/24竣工、11/1に落成式を兼ねて市制25周年記念式が開催されました。
昭和23年に『豊橋中央公民館』と改称され、昭和27年から公会堂として復活。
昭和42年に市民文化会館が完成すると、昭和44年~昭和54年まで建物1階は市民窓口センターとして使用されます。
昭和56年に外灯・面格子を復元。 昭和58年にホール・会議室・正面門扉などを改修し、その後もエレベーターや空調・電気設備を改良。
平成11-12年度に外壁を再現する改修が施されました。
豊橋市公会堂・1F外玄関
1F外.出入口
豊橋市公会堂・1F内玄関
1F中.出入口(二重になっている)
豊橋市公会堂・案内図

豊橋市公会堂・2Fロビー
2階ロビー
豊橋市公会堂・階段1
階段(ステンドグラスは復元品)
豊橋市公会堂・階段2

豊橋市公会堂・階段3
塔のドーム
豊橋市公会堂・貴賓室
2F貴賓室
豊橋市公会堂・客席
ホール
豊橋市公会堂・客席2
建設当初は1557名収容であったが、昭和47年の改修で座席が半数となり、平成の改修で椅子が交換された
豊橋市公会堂・舞台
舞台袖
豊橋市公会堂・舞台天井
舞台天井
豊橋市公会堂・舞台裏
左:2F照明調光室            右:舞台裏通路
豊橋市公会堂・通路
裏通路
豊橋市公会堂・3F予備室
3F予備室(現在は倉庫)
豊橋市公会堂・通用口
通用口(外壁は人造石洗い出し仕上げ+タイル貼)
豊橋市公会堂・窓口
夜間窓口
豊橋市公会堂・装飾1
上:貴賓室に展示されている昔のステンドグラス(平成の改修で交換)
下:塔の鷲は復元品で、こちらが当初の物
豊橋市公会堂・塔

 明治13年に浜松で生まれた中村與資平は、東京帝国大学院生時代に辰野葛西建築事務所に入所。
朝鮮に渡り、第一銀行韓国総支店(現・韓国銀行本店)を担当。 明治45年に独立して京城市内に中村建築事務所を開設し、大正6年に大連市にも事務所を構え、50棟以上の設計を手掛けました。
所員アントン・フェラーとの欧米旅行を経て、大正11年に帰国すると東京に中村工務所を開設。
自邸があった高圓寺(高円寺)界隈は、戦時中の空襲で一帯が焼失しましたが、故郷へ疎開していたため難を逃れています。
その後、中村與資平は静岡県教育委員として活躍。 昭和38年(1963.12.21)他界しました。
※中村與資平についてはこちらのサイトに詳しく記載されています⇒【中村與資平記念館別館

【参考文献】
教育愛知546号「豊橋市公会堂」豊橋市教育委員会文化振興課 1998
公共建築127号「豊橋市公会堂」森野富一著 1990

【2017年11月 訪問】
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2018.
10.21
Sun
 今年も文化の日が近づいてきました。 
以前、『美珍麗・探訪』にて紹介した建物も特別公開されます。
下記の建物は事前申込み不要ですが、人数制限もあり得るので、時間の余裕をもって行動しましょう。
1日限定公開の文化財もありますので、詳しくは各自治体のホームページをご覧ください。

【見学には】
①室内に上がる際は足の汗で建物を汚さないよう靴下を履く(靴下に穴が開いてないかチェック)
②木造の2階はなるべく、そーっと歩く
②脱水症にならないよう外での水分補給(建物内は飲食禁止あり)
③触ったり、走り回る子供がいる場合は手を繋いで見学する
④公共交通機関で移動する(1日乗車券もお勧め)

【東京文化財ウィーク2018】 詳しくはコチラ⇒【東京都生涯学習情報HP
赤レンガ酒造工場4
◆旧醸造試験所第一工場 ⇒【訪問記
日 時:2018/10/30(火)~11/2(金)10:00~15:00 
所在地:東京都北区滝野川2-6-30
アクセス:JR/東京メトロ「王子」駅 or 都バス/都電「飛鳥山」~徒歩約10分
近くの文化施設:飛鳥山に晩香廬・青淵文庫(渋沢史料館)が、坂道を上がってしばらく歩くと旧古河庭園があります。


旧前田侯爵邸・壁泉
旧前田家本邸.特別ガイド ⇒【訪問記:洋館和館
日 時:2018/10/27(土)…受付13:00~14:30、
    10/28(日)~11/4(日)…受付10:00~11:30/13:00~14:30
所在地:東京都 目黒区 駒場4-3-55 駒場公園内
アクセス:京王電鉄「駒場東大前」駅~徒歩約10分
近くの文化施設:日本民藝館


【いたばし文化財ふれあいウイーク2018】 詳しくはコチラ⇒【板橋区HP
安養院
◆安養院 ⇒【訪問記:庫裡仏像
公 開:庫裡(旧松平基則邸)・紅頗梨色阿彌陀如来坐像・釈迦四面像
日 時:2018/11/2(金)~11/4(日),11/9(金)~11/11(日) 10:00~16:00  ※11/4は庫裡のみ公開
所在地:東京都板橋区東新町2-30-23
アクセス:小茂根三丁目バス停~徒歩約3分 or 東武鉄道.上板橋駅~徒歩約15分


【足利の文化財一斉公開2018】 詳しくはコチラ⇒【足利市HP
日時:2018/11/24(土)~11/25(日) 9:30~16:00
トチセン・サラン工場
◆旧足利織物(トチセン)工場 ⇒【訪問記
所在地:栃木県足利市福居町1143
アクセス:東武鉄道「福居駅」前
※旧足利織物(トチセン)工場・緑町配水場今福浄水場は11/25のみ公開

有意義な良い旅となりますように…


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2018.
10.14
Sun
所在地:長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉217
開 園:9時~17時(12~1月は10時~16時) 
見 学:有 料(軽井沢高原文庫との共通券有り)
アクセス:軽井沢町内循環バスor 西武バス「塩沢湖」バス停近く
TEL:0267-46-6161
  ※詳しくはコチラ⇒【軽井沢タリアセン
睡鳩荘
 スケートリンクとして人工的に造られた塩沢湖。 その湖畔に昭和46年(1971)塩沢遊園として開園。
平成8年『軽井沢タリアセン』と改称され、遊戯施設やバラ園の他、軽井沢の古い建物が移築されています。
睡鳩荘2
『睡鳩荘』(朝吹山荘)
建築年:昭和6年(1931), 設計:ヴォーリズ建築事務所
 実業家・朝吹常吉の別荘として愛宕山下の矢ヶ崎川近くに建てられたもので、長女・朝吹登水子の遺志を受けて移築し2008年から公開。
この家を建てる前に使っていた宣教師の別荘は2階建ての赤い家で、急な階段に手摺代わりの太いロープが張ってあったとの事。
そして隣地の別荘を入手し、睡鳩の掛け軸を益田孝に譲った代金でこの別荘を新築している。
ちなみに朝吹常吉の妻・磯子は、長岡外史の長女でとても美人なテニス選手であった。
睡鳩荘・サロン
1Fサロン(2Fは撮影禁止)
睡鳩荘・照明
照明(左は徳川喜和子からのプレゼント)
睡鳩荘3
後にバルコニーは1Fサロンに光が入るよう屋根を半分にして改造されたという


◆旧 レーモンド別荘『夏の家
建築年:昭和8年(1933), 設計:レーモンド建築設計事務所
夏の家1
 アントニン・レーモンドが軽井沢に建てたアトリエ兼別荘を移築したもの。
栗の柱・唐松の梁・地元の杉に、当時はコンクリート骨材に地元の火山岩が使われ、屋根は草葺きとし、窓にスダレを掛けていた。
現在はペイネ美術館となっており、室内の撮影は出来ない。
夏の家2
 アントニン・レーモンド(Antonin Raymond:1888-1976)はクラドノで生まれ、大学で建築を学び、アメリカに渡る。
F.L.ライト(Frank Lloyd Wright)の下で帝国ホテルの詳細図やパースを担当し、大正8年(1919)来日。
その後、独立して目黒の日本家屋で暮らし始めると、レーモンドは日本の歴史や文化を研究し、日本の風土に合った設計を心掛けるようになった。
デザイナーであった妻ノエミも、三田 平凡寺に師事するほど日本の暮らしを気に入ったようだ。
 戦争のため昭和12年(1937)夫妻が日本を去る時、霊南坂の自邸は葉山へ移築され、この夏の家は翌年に売却されている。
終戦後、日本の悲惨な状況を知ったレーモンドはマッカーサーに手紙を書き、再び来日して活動を再開。
かつての図面は所員が葉山へ避難させたため無事であったという。
主な作品としては、星製薬商業学校・軽井沢聖ポール教会・聖アンセルモ目黒教会藤澤カントリー倶楽部ハウスなど。


旧軽井沢郵便局舎(明治四十四年館)
建築年:明治44年(1911)
旧軽井沢郵便局
明治44年(1911.7.11)2等局へ昇格した頃に建設されたようだ。
平成6年に解体して現在地に移築した際に、外壁は建設当初の色に戻している。
旧軽井沢郵便局・内部1
1Fはレストラン、2Fは深沢紅子 野の花美術館(2Fは撮影禁止)
旧軽井沢郵便局・内部2
『レストランソネット』 9時~17時、無休(12~2月は不定休)、TEL:0267-45-3662
レストランソネット
信州産野菜が使われた高級感あるパスタランチ
J&C Fischer Piano1
自動演奏ピアノ(アンピコプレイヤー):アメリカのJ&C Fischer製
 軽井沢高原文庫でお見掛けした職員の方が来られ、両施設は㈲塩沢遊園が運営しているとの事で、ピアノを拝見させて頂く。
このピアノはアメリカの邸宅にあったもので、ピアノロール約1500本も入手したとの事。
過去にピアニストによるコンサートが行われ、古いピアノロールで自動演奏も試みたが上手くいかなかったそうだ。
気になるこのピアノについて少々調べてみた。
J&C Fischer Piano2
 J&C Fischer社は、ナポリからアメリカに渡ったジョンとチャールズ兄弟が、ウィリアム・ナンズと仕事を始め、Nunns&Fischerを設立したメーカーで、フィッシャー家は祖父の時代からウイーンでピアノ職人をしていたという。
ナンズは1840年に引退したため、J&C Fischerへ社名変更。 アメリカで数多くのピアノを製造したが、度重なる買収により現在はブランド名だけが残り、中国で製造されている。
建築家のライト(Frank Lloyd Wright)は牧師の父がピアニストであった事からピアノに詳しく、1928年頃にJ&C Fischer Pianoを置くための部屋を設計したと云われている。
J&C Fischer 1927年カタログ※には、このピアノとよく似たアールデコ調のStyle14『LATIN GRAND』が載っているが、マホガニー材の豪華な物で▽マークが入る。 このピアノは黒い塗装仕上げでマークも違うので、後に発売された機種なのかもしれない。 
※参考カタログ⇒【Antique Piano Shop.HP
J&C Fischer Piano3

【参考文献】
「軽井沢町史」 1936
軽井沢避暑地100年「大正の軽井沢‐朝吹登水子」1987 国書刊行会
「私と日本建築」A.レーモンド 著 1967 鹿島研究所出版会
「自伝アントニン・レーモンド」1970 鹿島研究所出版会

【2017年9月 訪問】
※下線で記載したものは訪問記がありますので、クリックしてご覧ください。


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