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2019.
08.25
Sun
建築年:大正13年(1924)年、洋館は昭和初期
所在地:宮城県塩竈市宮町5-5(鹽竈神社東参道=裏坂の途中)
アクセス:JR本塩釜駅~徒歩(階段あり)約580m
開 館:10:00~15:30(休館日:火~木ほか)
見学料:無 料
TEL:
022-364-0686  ※詳しくはコチラ⇒【亀井邸
亀井邸
この建物は三陸沿岸の総代理店であった亀井商店(現:カメイ株式会社)創業者・亀井文平の住まいとして建てられました。
亀井邸・玄関タイル
玄関タイル
亀井邸・玄関
上:玄関の天井  下:式台の傷補修なのか埋木象嵌されている
亀井邸・座敷
座敷
亀井邸・離れ1
奥座敷
亀井邸・洋館
新館と呼ばれていた洋館(寝室)
亀井邸・金庫
左:洋館(寝室)金庫          右:奥座敷の金庫
亀井邸・内玄関
洋館側にある内玄関
亀井邸・手洗い
廊下の途中に風呂を増築(左の写真は手洗い場)
亀井邸・2F座敷
2F座敷
亀井邸・2F床の間
2F座敷の床の間(違い棚の海老束がくり抜いてある)
亀井邸・2F次の間
2F次の間
亀井邸・2F小部屋
2F書生部屋:得意先の子を書生としていたので良い部屋である
亀井邸・引手
左:亀井邸の書斎部屋        右:旧 斎藤彦太郎邸(新潟)
新潟の孝順寺に移築された旧斎藤彦太郎(本名:実寿)邸と同じ意匠のコウモリの引手が。
コウモリ印の日本石油 三陸沿岸.総代理店であった亀井商店は、山北こうもり会(三陸コーモリ商友会)を設立しており、2階で接待したのだろう。
また、安田村長・新潟電気㈱社長であった斎藤彦太郎も、新潟で創業した日本石油と関係があったのかもしれない。
亀井邸・欄間
欄間(上:2F座敷、中と下:1F座敷)
亀井邸・階段
左右に分かれた階段の下はさらに二手に分かれ、鉢合わせせずに行き先を変えられる。
料理は台所のリフトで運んだという。
亀井邸・丸窓


 亀井文平は明治16年(1883.4.23)岩手県伊手村で麻糸の漁網を作っていた四郎治の長男として誕生。
先祖は江戸時代に濁り酒を製造販売したと云われ、家印のヤマキタが後の亀井商店の社章に使用されました。(現在は違うマーク)
文平は仙台で髪油・蝋燭を扱う高野商店の奉公を経て独立し、明治36年に鹽竈神社の門前町で亀井商店を開いて、油・砂糖・小麦・石鹸販売や蝋燭製造を行いました。 その頃の店は嫁のヤスに任せて、自分は外廻りを担当していたとの事。
そして両親と妹を呼び寄せ、父は材木店を始めています。
文平は日本石油に何度も交渉し、明治41年に三陸沿岸の総代理店契約を結ぶと、それ以降もビール・焼酎やサイダー等の代理販売店となります。
娘のタマが塩竈生まれの土井運蔵と結婚すると、大正13年に新築したこの建物に転居。
昭和12年(1937.3.18)熱海の別荘で他界しました。
 それ以降も亀井商店(現:カメイ株式会社)は事業を拡げ、セメントや車などを販売する他、昭和57年にカメイスポーツ(現:カメイ・プロアクト株式会社)を創業しています。 ※詳しくはコチラ⇒【カメイ㈱
 この建物は2011年3月の東日本大震災では被害が少なく5月1日から公開されましたが、9月21日に台風が直撃し、その二日後に和館/洋館の境にある洋間の壁の亀裂部分が剥落。 洋館の見学を中止して修復を始め、2012年4月に再開されました。
亀井邸・洋館屋根
【参考文献】
「風調雨順 : 亀井商店の八十年」亀井商店社史編纂委員会 1984
東北開発研究 ’93秋季「東北開発120年-人物篇(VIII) 亀井文平」岩本由輝(東北学院大学教授)著
「宮城県の近代和風建築」宮城県教育委員会 2016

【2018年7月 訪問】

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2019.
08.04
Sun
 前回21年と8ヶ月ぶりに公開された旧博物館動物園駅。 その駅舎を見逃した方に朗報!
アートイベントの展示と共に見学出来ます。
大洲大作 未完の螺旋」 
開催日時:2019/8/10(土)~8/18(日)13時~18時 
所在地:東京都台東区上野公園13番23号(東京国立博物館の横)
入場料:無料(整理券必要)
整理券配布:会期中毎12:30~会場前の上野公園内にて
※整理券待ちは長蛇の列になるので熱中症に注意
※ちなみに前回は並んでいる人に各1枚だけ配布であった
主催:art-Link 上野-谷中 実行委員会  ※詳しくはコチラ⇒【art-Link
旧博物館動物園駅
ここからは前回の様子をご紹介
旧博物館動物園駅10
アナウサギを追いかけて』 2018/11/23~2019/2/24金土日のみ公開
演出:羊屋白玉, 美術:サカタアキコ, 技術協力:森健人 他 
この日の限定ツアー案内ウサギ:山田あさこ
旧博物館動物園駅・ドーム
出入口のドーム
旧博物館動物園駅5
左:シャッターの鍵穴         右:天井の廻縁のペンキは剥げている
旧博物館動物園駅1
階段上
旧博物館動物園駅・窓
換気用のスチール建具
旧博物館動物園駅・天井
天井の照明跡
旧博物館動物園駅12
昔の窓口
旧博物館動物園駅6
木製のカウンター
旧博物館動物園駅11
動物の頭蓋骨と糞のモデルが展示されていた(中央は本物のパンダ・ホァンホァンの頭蓋骨)
旧博物館動物園駅9
21年振りに賑わう構内
旧博物館動物園駅8
上:このイベントで配布されたリーフレット(案内ウサギが検札鋏でパンチ)
下:廃止時の落書き
旧博物館動物園駅7
改札への階段は閉ざされている
旧博物館動物園駅・改札
ガラス越しに見えた改札とホームへ続く階段
イベント時は京成電鉄の車内から照明に照らされたホームを一瞬だけ観る事ができたという
旧博物館動物園駅4
建築年:昭和8年(1933)  設計:鉄道省建築課
 昭和7年(1932.3.26) 日暮里―上野公園間の工事が認可され、9月3日から着工。
この上野公園一帯は世伝御料地(寛永寺本坊跡地→明治19年移管)であったため、御前会議(1933.3.8)で昭和天皇の勅許を受けて駅舎を建設。
昭和8年(1933.12.10)日暮里―上野公園間が開通し、博物館動物園駅が開業。
戦時中から休止して昭和28年(1953.5.1)再開するが、利用者減少・短いホームという事で平成9年(1997.4.1)再び休止。
平成16年(2004.4.1)廃止になってしまった。
しかし東京都選定歴史的建造物に選定されたのを機に、東京藝術大学と協同で昨年(2018.11.2)リニューアルして公開された。
旧博物館動物園駅2
 駅から離れた博物館に向かうためには、徒歩か台東区循環バス「めぐりん」orタクシーしかない。
いつかこの駅が再開されると良いが、ひとまず駅舎が残されて安心した。
※参考→ 【京成電鉄HP】 

【追記】 「大洲大作 未完の螺旋」 参照↓
続きを読む
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