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2018.
11.05
Mon
建築年:昭和6年, 何度か改修有り
構 造:鉄骨鉄筋コンクリート3階建て
設 計:中村與資平(中村工務所),  施工:松村組
所在地:愛知県豊橋市八町通二丁目22番地
アクセス:豊橋鉄道「市役所前」~徒歩約1分
TEL:0532-51-3077

豊橋市公会堂1
 毎年 愛知県では、愛知登文会(登録有形文化財所有者の会)による特別公開が行われています。
2017年の豊橋市公会堂ではバックヤードツアーが実施されました。
※2018年の特別公開:11月18日(日)ガイドツアー13:30~14:15/15:00~15:45(予約不要・自由見学無し) 
詳しくはコチラ⇒【愛知登文会HP
豊橋市公会堂2
 大正9年に豊橋電気㈱が買収されるという話が持ち上がり、市営に向けて豊橋市議会が動き出しましたが、名古屋電灯㈱との合併が強行され、政治問題に発展。 県が仲裁に入った結果、和解の条件として名古屋電灯㈱は電気料の値下げと公会堂建物を寄付する事になりました。
しかし、建設予定地の八町高等小学校の移転先送りで延期され、昭和3年に大典奉祝記念事業として建設が決定。
昭和5年5月上旬に設計が完了すると、6/16工事請負入札、7/25地鎮祭、約17万円の建設費をかけて翌年8/24竣工、11/1に落成式を兼ねて市制25周年記念式が開催されました。
昭和23年に『豊橋中央公民館』と改称され、昭和27年から公会堂として復活。
昭和42年に市民文化会館が完成すると、昭和44年~昭和54年まで建物1階は市民窓口センターとして使用されます。
昭和56年に外灯・面格子を復元。 昭和58年にホール・会議室・正面門扉などを改修し、その後もエレベーターや空調・電気設備を改良。
平成11-12年度に外壁を再現する改修が施されました。
豊橋市公会堂・1F外玄関
1F外.出入口
豊橋市公会堂・1F内玄関
1F中.出入口(二重になっている)
豊橋市公会堂・案内図

豊橋市公会堂・2Fロビー
2階ロビー
豊橋市公会堂・階段1
階段(ステンドグラスは復元品)
豊橋市公会堂・階段2

豊橋市公会堂・階段3
塔のドーム
豊橋市公会堂・貴賓室
2F貴賓室
豊橋市公会堂・客席
ホール
豊橋市公会堂・客席2
建設当初は1557名収容であったが、昭和47年の改修で座席が半数となり、平成の改修で椅子が交換された
豊橋市公会堂・舞台
舞台袖
豊橋市公会堂・舞台天井
舞台天井
豊橋市公会堂・舞台裏
左:2F照明調光室            右:舞台裏通路
豊橋市公会堂・通路
裏通路
豊橋市公会堂・3F予備室
3F予備室(現在は倉庫)
豊橋市公会堂・通用口
通用口(外壁は人造石洗い出し仕上げ+タイル貼)
豊橋市公会堂・窓口
夜間窓口
豊橋市公会堂・装飾1
上:貴賓室に展示されている昔のステンドグラス(平成の改修で交換)
下:塔の鷲は復元品で、こちらが当初の物
豊橋市公会堂・塔

 明治13年に浜松で生まれた中村與資平は、東京帝国大学院生時代に辰野葛西建築事務所に入所。
朝鮮に渡り、第一銀行韓国総支店(現・韓国銀行本店)を担当。 明治45年に独立して京城市内に中村建築事務所を開設し、大正6年に大連市にも事務所を構え、50棟以上の設計を手掛けました。
所員アントン・フェラーとの欧米旅行を経て、大正11年に帰国すると東京に中村工務所を開設。
自邸があった高圓寺(高円寺)界隈は、戦時中の空襲で一帯が焼失しましたが、故郷へ疎開していたため難を逃れています。
その後、中村與資平は静岡県教育委員として活躍。 昭和38年(1963.12.21)他界しました。
※中村與資平についてはこちらのサイトに詳しく記載されています⇒【中村與資平記念館別館

【参考文献】
教育愛知546号「豊橋市公会堂」豊橋市教育委員会文化振興課 1998
公共建築127号「豊橋市公会堂」森野富一著 1990

【2017年11月 訪問】
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